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しーくれっとらば~’S

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SERENADE 第5話 悠季



SERENADE



~THE 5th~ side YUUKI MORIMURA


---圭、君には本当にビックリさせられっ放しだよ!---

今日は僕がソリストになって初のリサイタルだった。
ソリストなんていってもまだまだな僕なのにましてや
リサイタルなんて本当におこがましい事なんだけどね。

でも今日は、圭、君のお陰で最高の1日になったよ。

*********************************


圭。

今日は本当に有難う。
「有難う」だけじゃ足りないんだけど僕には感謝を表す言葉がこれしか
見つからないんだ。
こんなにも嬉しくてこんなにもビックリした日はこれが生まれて初めてな気がするよ。

朝、会場に向かう僕に君は優しいけど激しいキスで送り出してくれたね。
そしてそのキスで僕の緊張を吸い取ってくれた。
「君なら大丈夫。安心して弾いてきて下さい」の言葉と一緒に。
あれでどれだけ僕がリラックスできた事か!

君に心配掛けまいと明るく振舞ってたのがすっかりバレていたしね。

楽屋へ通されて燕尾服をハンガーにつるした時、
この前、僕が君に渡したピアスの片方が襟元に付いていて
君の細やかな心遣いが嬉しくて思わず君の名前を呟いていたんだ。

暫くすると五十嵐くんが楽屋へ来てさ。
「先輩、コレ、お祝いの紅白餅っす。コンが搗(つ)いたんすよ。
 先輩に一番に渡してこいって。
 でもね、笑っちゃうんっすよ。
 あの身長でしょ?杵を振り下ろすとまわりのみんなが“さっっ”と
 後ろに下がるんすよ。ニコちゃんが相の手を入れてたんすけどね、顔が引きつってて。
 そりゃーもう、可笑しいったらないんすよ!」
って笑いながら言うから僕まで攣られてしまってさ。

僕は聞きながら変な空想の世界に入っちゃってね。
君が森の中で薪を切っている“木こり”でね。
フジミの男の人たちが“7人のこびと”でさ、女の人たちが“森のどうぶつたち”なんだ。

木こりの君が斧を振り下ろす度にこびとはしゃがみ、動物たちは木の陰に逃げ込むんだ。
そんな空想をね。

「あ、コンからの伝言です。
 “喉に痞えない様に小さく千切って食べる様に”だそうですよ。」
五十嵐くんはワザと君の声色を真似てそう言ったんだ。

みんなで僕の緊張を解いてくれて、励ましてくれてる、って思ったらなんだか胸が詰まってきてね。

「じゃ、中で見てますから。あんまり緊張し過ぎてコケないで下さいよ。」って。

「あの杵と臼も新潟から持って来たんすかね。米は新潟からだって言ってたけど。
 確か“丸に守”の字が書かれてて。あ、でも富士見銀座の米やに“守田”って
 店があるからそこから借りてきたのかな?」
って独り言言いながら出て行ってさ。

僕の実家の臼と杵にも“丸に守”の字が書いてあるんだけどな・・・
なんて思い出したりしてたんだ。

本番直前に君が楽屋に来てくれて、君曰く
『極上のキス』を3日前につけた左胸にもう一度
きつく、紅くつけてくれたね。
『これで僕も一緒です。』ってね。

君の目を見ながら左胸の印に手を添えると
君の「がんばって」という気持ちが流れ込んでくるようで。

それだけでも嬉しかったのに、
廊下で一緒になった生島さんに君は頭を下げてくれたね。
君のプライドがそんな事、許さないって思っていたのだけれど
僕のためを思ってなんだ・・・って思ったら、ジーンと来ちゃってさ。
「ハニー、気楽に行こうぜ」
って肩を叩いてくれた生島さんに微笑んで、
もう一度君を見たら
大きく頷いて送り出してくれたね。

それで確信したんだ。僕はやれる。って。


ああ、それからはまるで宙に浮いてる気分だった。
「白鳥」も
「アヴェ・マリア」も
「アメージング・グレイス」も
「G線上のアリア」も、何もかにもね。

けど自分の音で自分の気持ちのいい世界へ行けてたから
きっといい音が出せてたと思うんだ。

緊張と陶酔のうちに演目が終わって、沢山の拍手と
『ブラヴォー』の声を貰ってさ。
でもまだフワフワとした気分だった。

袖に引っ込んだら、アンコールまで戴いちゃって。
だってまだまだ駆け出しの、それこそどこの馬の骨だってヤツにだよ。
ほぼ満員だったしね。
富士見の仲間や知り合いの人たちも来て下さったけれど
殆どの人たちが今日、初めて僕の演奏を聴いたわけでしょ?

そりゃ、ピアノが生島さんだから彼の演奏を聴きにって人もいたと思うし、
僕がエミリオ・ロスマッティの弟子だってんでどんなもんかって来た人もいるだろう。
そんな人たちからアンコールを戴ける、なんて思ってもみない訳でさ。

生島さんが「何をやるんだい?」
って聞いて来た時、僕の目には前から3列目にいらした初老のご夫婦が
僕の亡くなった両親に見えたんだ。
そしたら急にアレをやりたくなってさ。
生島さんに
「一人で行きます」って断ってた。

僕が小学校1年の時、ばぁちゃんの故郷の佐渡へ行った時の事をふっと思い出してね。
ステージに一人で立って、すぅーっと息を吸うと
自然と弓がバイオリンの上を滑って行った。

僕たち姉弟4人しか知らない
「ばぁちゃんのおけさ」
元の曲は勿論「佐渡おけさ」なんだけどね、
僕のばぁちゃんの歌う、ちょっと間延びした「おけさ」

農作業に忙しい両親に代わって僕たち4人の孫を育ててくれたばぁちゃんの
僕たち4人だけに歌って聞かせた子守唄。

姉さんたちに虐げられていた僕を膝に載せて
背中を“トントン”と優しく叩きながら歌ってくれた。

僕はばぁちゃんの歌うその間延びしたリズムで弾いた。
心の中でばぁちゃんと歌いながら。

そしたらさ、合いの手の所で僕のじゃない声が聞こえたんだ。
勿論、会場の中から。
でもアレは僕たち4人しか知らない“間”なんだよ。
次の節から小さいけれど歌声も聞こえてきた。

そこで確信したんだ。
姉さんたちだ!ってね。
それで・・・恥かしいけど涙が出てきちゃってさ
途中で曲を止めるなんて演奏家にとって最大のミスを犯してしまったんだけど。
手は弓を持ってるから腕でメガネを押し上げて涙を拭いたんだ。
君にも見られちゃったね。

続きから最後まで弾いて。
姉さんたちの“ばぁちゃんの歌”を聴きながらね。

弾き終えて弓を外したら一番に君の声が聞こえた。
『ブラヴォー』ってね。

花束を持った涙でぐしゃぐしゃな顔をした姉さんたちが
ステージの下へ来てくれて。

会場のみなさんの暖かい拍手と『ブラヴォー』にまた胸が熱くなったんだ。
初めてのリサイタルであんな素晴らしい経験しちゃって良かったのかな?
って真剣に考えちゃったよ。

楽屋に戻るとフジミのみんなや福山先生もお出で下さって。
「やっぱりお前は越後の頑固者だ。」って仰って、
でもそう言うお顔はいつもの厳しいお顔じゃなかったから安心したけどね。

五十嵐くん、飯田さん、石田ニコちゃん、春山さんたちフジミの
仲間が、次々と握手を求めてくれて
「良かった」って言ってくれたのも嬉しかったよ。

そしたら君が、姉さんたちを楽屋に連れて来てくれたんだよね。
フジミの人たちは、気を利かしてくれてそっと出て行って。
君も出ようとしたら姉さんに止められて・・・。

まだ涙でくしゃくしゃな顔をしながら僕の手を取って
「父さんも母さんも、ばぁちゃんもゆきの晴れ姿、見てたよ。」
ってポケットから写真を出して。そしたら・・・そしたら、
“滝の様な涙”ってホントだね。うわぁーっと溢れてきて4人でワンワン泣いちゃった。

それで姉さんが
「お盆には墓参りに来なさいね」って君と僕に言ってくれて。
僕の耳元で
「『是非、来て欲しい』って桐ノ院さんに何度も連絡頂いてね。
 どうしようか迷ってたのよ。正直言って。
 そしたら『では彼が小さい頃好きだった物を教えて下さい』って言われてね。
 アンタ、家で搗いた餅、好きだったから教えたのよ。」

そっか!やっぱり五十嵐くんの言ってた杵と臼は実家のだったんだ、
って気がついてさ。
君の心遣いに本当に感謝したんだよ。

「そこまでアンタの事を思って言って下さるなら行こうかって、みんなでね。」

振り向くと君は照れくさそうに上なんか向いちゃってさ。
ああ、僕はなんてステキな『伴侶』に巡りあえたのか!
って天国の両親とばぁちゃんに感謝をしたよ。
父さんたちが僕と圭、君を引き合わせてくれたんじゃないかってね。


圭、本当に何度君にお礼を言っても言い尽くせない程の感謝をしてるよ。
僕の最愛の人 圭・・・。



***********************************

さっきまで二人で熱い、けど最高の夜を迎えて。
明日からは2週間後に控えたフジミの定期演奏会に向けて
また一緒にいられる。

今度は僕が君の為に何かする番だね。
君を驚かすにはどうしたらいいのかな?

さぁ、もう寝よう。
僕は日記帳とメガネをライティングデスクに置いて
すやすやと寝息をたてている君にそっと口づけた・・・。

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