過去世など無いと思われている方も多いでしょう。死んでしまったら「無」。何も無くなる。と思っておられる方がほとんどなのかもしれません。証明できるものは何もないし例え証明されたように見えても詐欺や錯覚、思い違い、思い込みと考えられるのがほとんどだと思います。
だけれど毎日「氣」というものと接している私としては「氣」という目に見えないものが存在していることは常に実感しています。実感しているためには常に細いロープの上を綱渡りしているような緊張が必要なのですが、それももう慣れつつあります。
「氣」の中に含まれているあちらの世界のというか見えない世界の情報は何故こうやって伝わってくるのか?たぶん古代の原始人、縄文人、弥生人あたりまではこういう「氣」を普通に感じられていたように思います。今よりも自然界と密接につながって生きていた人たちだったから自らの中に自然界と繋がる糸として「氣」というものを捉えていたのではないかと思われます。そうでなければ何故あれほど亡くなった高貴な人たちのために巨大な古墳を作ったのか理解できませんね。それが過去世の証明になるわけではないのてすが。
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最終更新日
2022年10月11日 06時15分11秒
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