旧型国電 飯田線:クモハユニ64000
旧型国電 飯田線:クモハユニ64000飯田線旧型国電シリーズで、今回は異色の1形式1両であったクモハユニ64をご紹介いたします。51系の郵便荷物合造車モハユニ61は、昭和18年に3両が誕生しましたが、第二次世界大戦の最中ということもあり、電装されないままモハユニ61として使用されていました。3両のうちの1両は翌年に電装されましたが、残る2両は未電装のまま終戦を迎え、昭和27年に飯田線に転出以来、廃車となるまで電装されることなくクハユニ56010番台としてしようされました。そして、電装されたまま生き残ったのが後のクモハユニ64000となります。誕生当初はモハユニ61001を名乗り、51系ですがロングシートで竣工したようです。昭和25年に大糸線に転出、翌26年にセミクロス化。昭和28年にクモハユニ44100へ改番、同年7月に後位にあったパンタグラフは、前位に移設されたということです。身延線へ転出後、昭和31年に再び大糸線に戻り、昭和36年に後位に運転台(非貫通型)を増設、その際にクモハユニ64000に形式が変更されています。大糸線では自動連結器に取り替えられ、専ら貨車牽引に使用されていたようです。昭和44年に岡山区に転出、赤穂線などで活躍。その際にロングシート化、増設運転台の貫通化が実施されています。そして昭和53年、飯田線に転入することになります。車内は再びセミクロス化され、ぶどう色2号の塗装で異彩を放っていましたが、比較的に短い期間でスカ色に改められています。飯田線における最も特異な車両の様に記憶していますが、実は飯田線の最後の旧国群の中でも、最も在籍期間の短い車両なんですね。昭和56年11月22日 東上~江島間にて昭和56年11月23日 撮影場所不明昭和58年4月17日 向市場~城西間にて昭和58年6月28日 田切駅にて同時に誕生したクハユニ56010に比較して非常に数奇な道を歩んだクモハユニ64ですが、最後は兄弟のクハユニ56010番台2両とも飯田線に集結し、旧国の終焉まで仲良く過ごすことができました。KATO クモハユニ64+クハ68400: マル鉄コレクション館