またまたリサイクル記事です。申し訳ありません。
が、グルッポ・ヴィーニヴェーリmini がやってくるという一大事に先駆け、少しでも造り手の情報を載せておこうかと古いメルマガを掘り起こしております。もちろん既にお読みの方はとばしてください。
“クラッシック”ととらえるか、“品格”ととらえるか。
カステッラーダの清潔感。
メルマガバックナンバー(2007年5月17日配信)
偏るなあ、と思われてしまうかもしれませんが、あのグループはまとめて片付けてしまえ、ということで、前回に引き続きオスラーヴィエチームを取り上げます。
みんな体が大きいと書きましたが、そのなかでも一番の巨漢、ニコ&ジョルジョ・ベンサ兄弟(ふたり揃うと迫力。身長は多分190cmくらい、手なんて熊のグローブみたい)の、ラ・カステッラーダです。
ここでいうクラッシックとは、保守的、というニュアンスをちょっぴり含ませています。
ローマに“グスト”というレストラン・ワインバーがあって、オスラーヴィエチームのワインは古いヴィンテージも含めて豊富に揃えています。
そこの店長のダリオという男性はかなり昔から彼らのワインを飲んできたわけですが、
4年ほど前にカステッラーダのワインのことを「中途半端」だ、と批評していました。
その頃、グラヴナーはアンフォラ(テラコッタの壺)での醸造をはじめていたし、ラディコンの長期マセレーションによる白(琥珀色?)ワインも市場に出てきて話題になりつつあったし、そういったいわゆる前衛派に比べるとカステッラーダは昔と変わっていないではないか、と。
変わっていない、といわれれば確かにそうかも知れません。ほかの人たちのように目に
見える劇的な変化というのは、醸造の技術面からみてもワインの出来上がり具合からみても、90年代に入ってからは見られません。そして個人的な見解では、今後もそういった急激な変化などというものは現れないように思います。
ラディコンやヴォドピヴェッチ、フランスのダール・エ・リボなどの白ワインばかり続けて飲んでいると、透明で濁っていない白ワインでは物足りなく感じてしまい易いことは確かです(わたしもそうでした)。知らない白ワインに出会うとき、色調が濃くて瓶底に澱が沢山たまっていたりすると「お、いいねえ」なんて期待してしまったり…。
つい、そういうワインの方が複雑な味を持っているようにも感じてしまいがちです。
現実には、マセレーションをすればするほど色が濃くなるかというとそうではないし(例えば通常マセレーションをほどこさないラ・ビアンカーラのピコの99年、はじめて1週間程度実施した年は、他のヴィンテージより色が薄くなった)、マセレーションの期間の長さに比例してタンニンが増してゆくか、というとそれも違うようです。
ワインの見かけが普通で風味がクリーンであることで、シンプル(ノーマルというべきか)な印象を与え物足りないという感覚につながってしまったのでしょうか。
主に醸造を担当するお兄さんのニコはかなり神経質なひとで、ほかの造り手にくらべて
も還元香や不潔な澱の臭いなどに敏感で、醸造・熟成期間中多大な注意払っています。
またそういった問題に対してものすごく研究熱心です。かといって細かいフィルターを使うとか、清澄してしまうというわけではありません。ただ、より注意深いのです。
ブドウを容器にぶちこんだらあとは瓶詰めまで放ったらかしという態度とは、根本的に袂を分かちます。技術的、職人的、といっても良いかもしれない(他のひとのワインを飲むときの観察態度も技術的です)。
その神経質さは、ブドウへの扱いにしても同じ事です。完熟具合のチェックや選果にも厳しいのでしょう。比較的恵まれないヴィンテージのワインであっても、彼の場合にはある程度の厚みを感じることができます。
またリリース直後でもバラバラな感じがすることはほとんどなく、うまくまとまっていてエレガントな印象を受けます。その反面、実はものすごい果実の凝縮味があるのに、そつ無くきれいにまとまっているためにそれがわかりにくい、という場合も多いのです。
あらゆる点でバランスが良いのでしょう。
彼らのワインの底力を思い知らされた例としては“ビアンコ・デッラ・カステッラーダ リゼルヴァ1996年”。
2003年秋に彼らのワインのインポーター、オータ氏がイタリアで挙式した際にディナーで饗されたのですが、いやもう、ただただ驚きでした。
この時には、ヴィーニ・ヴェーリのメンバーがほとんど出席して、ひとりが最低一種類はワインを提供していたので、ほかにも沢山良いワインがあってどれも素晴らしかったのですが、これは群を抜いていました。
華やかで上品なのに、凝縮したフルーツが爆発しそうなほどパワフルで、わたしは近く
にマグナムをキープしておかわりしまくってしまいました。そしてぐいぐい飲めた。
ワインが大人しく、控えめに感じられるときでも、絶妙のバランスを保っているだけというケースもあるんだなあと実感したものです。