2014/08/23(土)19:39
春<17>
こちらより 画像拝借
おとぎ話”春”<1>は こちら からどうぞ
春<17>
織物・反物やら、上質の染めものを取り扱う問屋を商う家に庄助爺というのがいた。
歳は普吉の祖父、修吉よりも上で、
若い頃は、下働きの者と一緒になって、セッセと家業に勤しむ実直な男だった。
店のことは、とっくの昔に息子に譲り、ご隠居様と庄助が言われるようになって久しかったが、
晩秋の頃、屋敷内でちょっとしたことに気を取られ、脚とられ転倒し、
腰をひどく痛めてしまっていたのだった。
もともと働き盛りの頃に、まだまだ若い者には負けられない・・・
っと、重労働を無理して腰を痛め、それ以後、腰痛は庄助の持病の一つであったところに、
こんなことが起こってしまい、そしてまた、季節は例年にない寒い冬に突入し、
彼の腰の病状は一進一退、冬の曇天のように重く、
いつ腰痛が晴れるか定かではなかったのだった。
腰を痛めた時からこの冬の間中、長年のよしみから、散歩がてら茶飲み話も兼ねて、
修吉自身が診察に訪れていたが、爺の腰は春を迎えても、もうしばらく往診を必要としていた。
この日修吉は、大事な診察があって村を離れねばならず、
また息子の永吉も急患が訪れ手が離せず、
永吉は、息子の晋吉に庄助爺の往診を命じたのだった。
普段は散歩でも訪れない村の道を歩いて、晋吉は少し緊張した面持ちで、
店の裏側に位置する、庄助爺の屋敷の門をくぐったのだった。
晋吉の屋敷の庭よりも、景観を重視して手入れがなされている呉服問屋の爺の庭を眺めながら、
色とりどりの花々や、新緑に目を向けた彼の脳裏にふと・・・
春 という名の少女の面立ち が浮かび上がったのだった。
そのまま屋敷の様式美を感じる造りの玄関に踏み入り、
そこで晋吉は己の名と、父の代わりに往診に来たことを女中に告げたのだった。
晋吉は再び緊張を感じ、身も心も引き締め、
案内されるがままに、磨かれた廊下を静かに滑るような足取りで歩いていった。
彼が通された部屋には、晋吉の訪問を心待ちしていたかのような、庄助爺の笑顔があった。
晋吉が庄助爺をこの前にみたときよりも、
すこし面痩せし、手足も幾分細くなってしまった感じはあったが、
庄助爺の笑顔は、晋吉が幼い時分に時々見かけたままに、実直で柔和であり、
彼の一挙手一投足には、年老いて隠居として身を置いてから久しいにも関わらず、
家のものから頼りにされ、慕われている家督としての 凛々しさ が感じられたのだった。
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