2014/09/03(水)04:09
春<21>
おとぎ話”春”<1>は こちら からどうぞ
春<21>
診察を終えた晋吉は、再び庭を通って径へでた。
陽は傾いていたが、夕刻というにはまだ間がある時刻であった。
庄助のところを退出しホッとしたのか、来た時よりも彼の足取りは軽く、
道端に咲いている、黄色や紫の小さな野花を目にして、
色鮮やかに可憐な姿よ っと感じ入る、心の余裕まで持ち合わせていたのだった。
晋吉が、庄助の呉服屋が面する大通りへ出ると、
春の陽気のせいか行き来する人は多く、
人々が閑談する姿や、笑い声などが晋吉の耳に聞こえてきたのだった。
そのまま彼は、大通りをまっすぐ歩き進んで行くと、
遠目に、女・子供が、ガヤガヤと集い、賑やかにしているのが見えてきたのだった。
一体あそこで何が起こっているのだろう・・・っと晋吉が注意を傾けみてみると、
体格の良い中年女が、大きな声で、路傍で店を広げている行商男相手に、
品物を値切っているところであった。
中年女も、行商男もこういう場面はお手の物、経験に経験を重ねてきた、
っといった口調で、周囲のものを笑わせ楽しませながら、値段の交渉をしているのであった。
実際・・・この中年女の退屈な日常においては、品を買うことよりも、
品を値切り、人々を笑わせる事の方が、はるかに大きな楽しみであったのだろう。
晋吉は、行商の品に興味があるわけでもなく、
また売買の口上に興味を惹かれるわけでもなかったので、
サッサっと人目につかぬように、足早にそこを立ち去るつもりでいたのだが、
その人集りの中に、思いもかけず彼は、春 の姿を見つけたのだった。
晋吉が遠目からみても、あれは紛れもなく春である っと、
はっきりわかる程に、周囲の女・子供の中でも飛び抜けて、
白い顔と腕をしており、春は相変わらず細い、小さな肩をしていた。
そして、おそらく母親の形見であろうと思われる、古びた地味な色・柄の着物を着て、
中年女と行商男のやりとりを聞きながら笑って、そこに佇んでいたのだった。
・・・すると、脳が命じたわけでもなかったのだが、晋吉の脚は自然と歩を緩め、
人集りを遠巻きに眺めている人々に混じって、立ち止まったのだった。
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