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カテゴリ:奇譚
三位一体ということでカタカムナウタヒを読み解く試みをしているのですが、
2014年1月に記載した記事をいくつか思いだしました。 三我一体 続三我一体 認識を打ち破れ 意識による救済 三我一体って何ですか? にお答えいたしますと パラレルなのは世界ではなく ワタシがパラレルでそれがパラレルワールドの正体だったりします………という感じのことを申し上げたいのでございます。 しかもワタシは3つどころか4つ、5つあったりしましょうか? 私は二十歳頃には夢とうつつ(現実)を分けて認識することを不自然に感じておりました…… 夢と現実の区別が曖昧で、夢の中の体験は夢と言い切ってしまえないほどにリアルだったり、 現実はスクリーンに映っている揺れ動く影のように眺めていたりしておりました…… 心が病んでるんだろうな……と思ってその頃は過ごしておりましたが…… 最近バシャール氏の翻訳動画に行き着きまして、 そうそうそうそう……ぁあ〜よくわかります…… と永年不可解に感じていたことの答えをご教示いただいている気がいたしまして、 目からウロコで視聴させていただいてます。 今回ご紹介したいのは 死後はどうなるのか? という動画です。 最初にご紹介したいくつかの記事を書いたのは さらに時を遡る2011年にある夢をみていたからでした。 あまりにも衝撃的な夢だったので、 実際に過ぎ去った過去の出来事以上に今でもおぼえています。(←過去の出来事より夢での出来事の方を、はるかに鮮明に記憶している奇人変人がおります) この夢ではいくつかの私が現れていました。 夢の中の2011年当時の私の意識→何かに警戒している自分→何かから隠れ逃れようとしている夢の登場人物の少女(おそらく過去世の私)とが立場を共にする 夢全体を何処かから映しているある意識→スクリーンを観ている誰か? …… この誰か?は夢を思い出しながら、そういえばもう一者、うえから観ているような意識があったような……と思いだしました、 夢から目覚めた当時の私とも異なる誰かはわからない存在です。(←このことも記事にしたように思いますがみつかってません……) ↑おそらく姿はないけど全体を俯瞰しているような、観ているけれど決してみられることのないもっとも純粋な意識に近いと思われます。 内容もかなりショックでしたが… (この夢の中の少女が捕まった後どうしたかという夢と想われるものも、その後しばらくしてみています。衝撃的な内容でした……) 意識のレイヤーというものに漠然と気づいたという点で忘れられない夢でした。 【続三我一体】ではこの多重構造の私を、スーパーサイア人の同時出現と記しました。 死後も夢見の時と同様に、その時の意識状態(周波数状態)によってみえる風景/景色/世界が違うのかとは思いますが、 決してみられることのない大元の意識が常に礎で あり、 如何なる周波数の世界(レイヤーの意識界)が顕れようともこの大元なくして何物も顕れることはないのでしょうねぇ……と観じております。 しかし夢も死後の世界も物質界ではない思念/ 想念の世界なので 動画の中でバシャール氏が仰るように 時空間が存在しないので 思想が瞬間的に創造されるようです。 夢の世界での通念 その2 で男の子が教えてくれている 想ったことが、想い浮かべたように想ったようになるの・・・ ということなのでしょう。 もしかしたら…… 夢の中の男の子はバシャール氏の動画の中のガイドなのかもしれません。 この夢ではガイド?は男の子の姿を有していますが 姿形なく、夢の中で起こっている、観ている状況をナレーションのように解説だけがきこえてくることもあります。 ![]() 夢をよく観じてみますと ワタシはひとつであって多次元であり ゼロポイントで重なる多層(多重)のレイヤーなのでしょうね………と想われるのです…… 螺旋(二)のタイトル↓で記したようなイメージなのです。 螺旋(二)〜意識のプリズム〜 概念から意識へと促す第一集に続く第二集は、意識の多元化、多角化。意識は万華鏡となり、ひとつとして同じではない文様を造り生み続ける。その文様は空に描かれる曇のようでもあり、また大海の大浪小波のようでもある。 パラレルワールドを体験したい と想われる方も多いかと……… しかし恐れながら申し上げますと ………厳密にはその表現は誤解があるのかもしれません なぜなら 世界ではなく、私たちひとりひとりがパラレルであり 意識という万華鏡であり 夢の中や死後にそうなるのではなく 今ここで あなたという私は既に 美しい光のプリズムなのですから……… 日常生活という界とは、多次元私の光のプリズム(レイヤー)のそのまたごく一部に過ぎない と気づくことがとても大切になってきましょう……か? " 多次元なのは世界ではなく" 今、此処を意識している 自意識と言われるものとは別の意識の存在を 私は感じている 次元があるのは世界というのは 思い込みじゃないだろうか? 私達の意識 私達の本質そのものが 多次元だからこそ 世界は多次元なのではないか? 【螺旋(一)】より引用 2016年頃に【螺旋(一)•螺旋(二)】で記した妄想が妄想ではなくなるのでありましょうか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2026年09月04日 07時08分10秒
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