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カテゴリ:彫刻指南
市川団十郎像 1936 朝倉文夫 口について ロは紅色をした唇の部分を指して普通、口と呼んでいますが、その周りの雑作は顔立の中で最も動き最も変化し易く、従って種々の表情をも示すのであります。 でそれ等の範囲をも含めて置きます。 口は上下の顎、即ち上顎は二枚の顎骨より成り、下顎も元来は二枚の骨から成ったものが、前顎で合致して単一の骨となったのであります。
その単一の骨の前の出張りから左右に延び、馬跡形をなしてアギト(下顎角)に到り、急角度をなして上方に向って延び、二つの枝となって、その後方の枝がしっかりした二重の蝶番的の仕掛けになっているのであります。
そうした装置になっているために、大口を開けた範囲の広さにまで動作するのであります。 下顎骨の形は顎の長さや頬の幅を示す上に、重要な形を持ったものでありますから、実際の骨について、充分の研究を要するのであります。
無論個人によって形の相異はありますが、人体においての約束に違いはありません。
充分に発育しきった大人の下顎は、小児や老人よりも急角度をなして尖っています。
そして口元の出張りなども、小児は大人ほどに著しい相違はありません。
老人になっては、なおさらのこと、歯が抜け落ちたりしているために、出張って居ません。
それ等の上下の顎骨に続いて、歯槽があり、そこに歯が弧状の歯並をなして生じ、それらの歯の根を取りまく歯があり、それが続いて唇の肉となっているのであります。
唇は唇を上下に動かせたり、又左右に引きげたり、あるいは笑った時、悲しい時、それぞれ働く種々の筋肉があって、それ等の筋肉の袋を周口筋に依って締めくくりしているように、唇の周囲の形を作っているのであります。
それで口は、顎骨の動くにつれて唇の動く場合と、また顎骨に関係なく唇だけが動く場合とがあります。
例えば笑いの表情において大口をあけ呵呵大笑する時、また酔っぱらいの笑いのごとく下顎を前方に突出して、イヒヒヒと笑み時など、顎骨にともなう動作であります。 大抵ニコニコとエクボをたたえて笑ったり、またお行儀のよい、おちょぼ口をしてオホホホと笑う時などは、頭骨は動かないで唇だけの動作であります。
それから口の周りの、それぞれの箇所について説明すれば、鼻の障子から上唇の中央の高まりに終る正中溝があります。 正中溝は人によって、その溝の深い浅いはありますが、溝の両縁は誰でも少し高まって、そして歯並の形に弧面をなして鼻唇溝に続いてるのであります。
正中溝の少し高まった両縁は、顔面の真側面を決める目標として、最も正確な答を得るのであります。
側方から顔面の真側面も観測することは、かなり困難なことであって、この定め方が正しくなかったならば、必ず左右歪んだ結果になるのであります。 その観測法に種々ありますが。まず第一は正中溝の両縁が重った時、これが最も正確な側面であります。 が男子の髭を生じている人には、この便利を応用することが、はなはだ困難であります。 その時は、側面から見て両眉丘の重りに見当を取るか、また前額か下額か、それぞれ二つの発起に見当を取るか、あるいはまた人によっては、左右の「目ぶた」の重なりに見当を取る場合もあります。 要するに、正中溝の両縁のごとく、相対する目印の接近しているほど、正確な結果を得るのであります。
それから唇の外側に、高まった所があります。
そのかすかな肉付を隔てて、小鼻の角から起った溝があります。 それを鼻唇溝と名づけて、これがちょうど頬の部分とロの部分との境界線をなしています。
下唇の下正中に二つの隣り合つたかすかなへこみがあります。 外方に向って消えて、へこみの両側は、一旦高まり下唇に添つて、上唇の外側のかすかな高まりの下に消えています。
紅色をした上唇は、中央の高まりから左右共、少しへこみ、また下唇に少し覆いかぶさって両隅に終っています。
下唇の中央は上唇の高まりと、反対に窪み、上唇のへこんでいるところが、また反対に凸をつくり、上唇の両隅と、相合するあたりは、上唇より引込んで鼻唇溝の終わりに向って窪みをつくり唇の両側の高まりに境しています。
それで唇の形を簡単に説明すれば、上唇に三つ、下唇に二つの肉の塊りがあり、隨意に口を開閉する時は、あたかもゴムのような伸縮を持っていると思えば良いのであります。 それともう一つ必要なことは、上下の紅色をした唇と、その周囲との境は、微(かす)かな凸があって光線の射影によって光っています。
もしも、これを忘れたなれば、必ずその境に角をなして硬い唇となって、それでは最も変化の多い種々の表情を現わす口の表示としては、おぼつかないのであります。
で口について種々な特徴が解れば今度はその扱い方でありますが、口の位置は最初、上唇下唇の境界線に依って、表わしてあったけれども、口の周りが整って来るにつれて、上唇下唇を一つの塊りと見て、上唇下唇の境界線を現わさぬ方が、口そのものを大まかに取扱うことになり、隨ってその特徴や変化を掴むことにもなるのであります。
そして、たとえ 緻密な観察をしても、大まかに取扱い、しかも物の要領を得るのが、物の省略であって、この境(いき)に到らなければ、唇なら唇の紅い色、またそれ等の運動など、そう言ったものの表現目的を達し得ないのでありますから、充分の注意を要するのであります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.11.01 14:45:13
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