3泊4日沖縄ドライブ旅行16 朝一番で平和祈念公園へ 2026/4/15
ユインチホテル南条を8時過ぎに出発し「平和祈念公園」に向かい、8時半過ぎに着きました(P)。朝一番ですので、ほとんど人はいません(P)。50年前、サイクリングで沖縄本島を一周した時に来たことがありますが、この「平和祈念公園」はなかったか、別の形だったように思います。当時は「摩文仁の丘」に直接行ったように記憶しています。ちょうど、途中の通路で自衛隊員が人骨や砲弾を収納していた事を鮮明に覚えています。ここ摩文仁の丘は太平洋戦争の最後で最大の激戦地でした。当時はちょくちょく砲弾などが見つかっていたように思います。さあ、ここ平和祈念公園は広い敷地です。どのように歩くか迷う所です。海の方向に歩こうとしたら花売りのおばあさんが現れ、花を売ってくれました(P)。大きな木の陰で参拝客が来るのを待っていてくれたようです(P)。時計台、慰霊塔などを左手に見ながら歩いて行きます(2P)。その奥に「沖縄県平和祈念資料館」があります(P)。県別に「平和の礎」が並んでいます(2P)。一番海に近い所にあるのは「平和の火」です。花は「平和の礎」の献花台に手向けました(P)。ここ「平和祈念公園」に佇んでいると神聖な気持ちになるし、平和のありがたさを感じます(P)。「沖縄県平和祈念資料館」に行こうか迷いましたが、右側の「国立沖縄戦没者墓苑」に向かうことにしました。太平洋戦争末期、この摩文仁の丘から身投げをした人も多かったようです(2P)。「平和の礎」に台湾人、北朝鮮の墓碑を見つけました(P)。あまり話題になることはないのですが、沖縄戦では日本の占領下にあったこれらの国の人たちも命を落としているのですね。そして、私の住む静岡県の墓標も見つけました(2P)。さあ、摩文仁の丘の霊域に上がっていきましょう。県別に各県の工夫で戦没者墓苑が造られています。青森県、静岡県もありました(2P)。静岡県はシンプルです。40,409柱が合祀されてと書かれています。その中には南方諸地域戦没者38,802柱も含まれている、とあります。そして、この中には私の父の兄23歳の戦死も入っています。焼津は遠洋漁業の基地でしたから多くの漁船員が戦場に送られ戦死しました。広いのでバスの運行もあるようですが、バスは見かけませんでした(P)。約1時間、ほとんど人には会わずに平和祈念公園で過ごしました。次は沖縄のハイライト「首里城公園」に行きましょう。