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ふるさと福井

朝倉遺跡の春

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国の特別史跡・朝倉遺跡の桜の咲く頃ー写真20枚余で紹介しています
朝倉遺跡代表的庭園と日本最古の花壇 動画・朝倉遺跡=糸桜を観賞しながら往時の華やかな繁栄を偲ぶ
       
「きてみれば柳さくらの花の園 都のけしきたちもをよばじ」

この歌を詠んだのは、天文4年(1535)の春、京の都から一乗谷に訪れた多芸な文化人で、公家の富小路資直(とみのこうじすけなお)です。資直は一乗谷の往来の賑やかさに驚くとともに、4代孝景が泉殿で宴を開いてもてなした座敷の荘厳さ、花の咲きそろった花壇などをみて、一乗谷の景観には京の都もとても及ばないと思ったという。

この前の日曜日に家内と朝倉遺跡(朝倉遺跡のページ参照)に行ってきました。桜が咲いた朝倉遺跡を見るために。行ってみると、これまでみたこともないような風情のある景色が広がっていました。

桜は見頃を迎えたもの、散り始めていたもの、これから咲くものなど、開花状況はいろいろでしたが、越前の長い歴史の中で文化面ではひときわ光彩を放ったといわれる一乗谷文化の香りが当たり一面に漂っているような、そんな思いも。私もすばらしい景色に見とれて思うままにシャッターを押し続けました。


足利義昭を招き歌会を催したと伝えられる南陽寺跡に咲く糸桜



義景は永禄11年(1568)の春、足利義秋(義昭)を南陽寺に招き、爛漫と咲き誇る糸桜の下で歌会を催したと伝えられています。 南陽寺は、朝倉一族により創建され、3代貞景が再興した尼寺です。その跡は義景館跡から200m東北の山麓高台にあり、そこに残る当時の遺構、南陽寺跡庭園は国の特別名勝に指定されています。同庭園も義景館跡庭園と同様に、足利義秋(義昭)の御成りに備えて急きょ造られたと考えられているようです。

同庭園は敷地の東南山裾に造られており、立石を中心とした石組は湯殿跡庭園に近いとも。一方では石の積み方が諏訪館跡庭園に酷似しているともいわれ、滝添石に挟まれた3段の滝石組など、全体として力強い石組に特徴があるようです。また、滝石組の付近が周辺の地面より高くなっており、水を引くのが難しいとみられることから、もともと庭池は枯池だったと考えられています。

昨年の秋、朝倉遺跡の秋を撮ったときに、南陽寺跡にも行こうと思ったのですが、熊に注意という看板が出ていたので、春の糸桜の咲く頃まで待つことにしました。写真は今年(2007)3月末に撮影。

朝倉遺跡の春
義景館跡のシンボルともなっている「唐門」
義景館跡の唐門付近
義景館跡の「唐門」付近
義景館跡前「犬の馬場」
義景館跡前「犬の馬場」
義景館跡前「犬の馬場」
義景館跡前「犬の馬場」
南陽寺から見る義景館跡
南陽寺跡から見る義景館跡
義景館跡の北側
義景館跡の北側
義景館跡北東部の北門付近
義景館跡北東部の北門付近
「義景館跡庭園」
義景館跡庭園
義景館跡
義景館跡
義景館跡の中から見る「唐門」付近
義景館跡の内側から見る「唐門」付近
義景館跡「南門」、手前は「武者溜と蔵の跡」
義景館跡「南門」付近、手前は「武者溜と蔵」
義景館跡にある「射場跡」
義景館跡にある「射場跡」
弓の練習場だが、朝倉末期の頃には鉄砲の訓練も
義景館跡南東部にある「朝倉義景公墓所」
義景館跡南東部にある朝倉義景公墓所
湯殿跡庭園
湯殿跡庭園
湯殿跡庭園付近に咲いていたカタクリの花
湯殿跡庭園付近に咲いていたカタクリの花
湯殿跡庭園横にある空堀の石垣
湯殿跡庭園横にある空堀の石垣
「中の御殿跡」
中の御殿跡
諏訪館跡庭園
諏訪館跡庭園
南陽寺跡庭園
南陽寺跡庭園
南陽寺跡の糸桜
南陽寺跡に咲く糸桜
南陽寺跡の糸桜
南陽寺跡に咲く糸桜
南陽寺跡
南陽寺跡
南陽寺跡の糸桜
南陽寺跡に咲く糸桜


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