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【本文】大和の国に男女ありけり。
【訳】大和の国に男と女とがいたとさ。 【本文】年月かぎりなく思ひてすみけるを、いかがしけむ、女をえてけり。 【訳】長年互いにこのうえなく愛して暮らしていたが、どうしたのであろうか、別に女をつくったとさ。 【本文】なほもあらず、この家に率てきて、壁を隔てて住みて、わが方にはさらによりこず、いと憂しとおもへど、さらに言ひも妬まず。 【訳】それだけではなく、新しい女をこの家に連れて来て、壁を隔てて住んで、わたしのほうへは、いっこうに寄りつかない。元の妻は非常につらいと思ったが、けっしてねたましい気持ちを口にしなかった。 【本文】秋の夜の長きに、目をさましてきけば、鹿なむ鳴きける。 【訳】秋の夜の長いときに、目を覚まして聞くと、シカが鳴いていた。 【本文】物もいはで聞きけり。 【訳】だまってじっと聞き入っていたとさ。 【本文】壁をへだてたる男、「聞き給ふや、西にこそ」といひければ、「なにごと」といらへければ、「この鹿のなくは聞きたうぶや」といひければ、「さ聞き侍り」といらへけり。 【訳】壁を隔てている夫が、「あの鳴き声をお聞きになりますか、西にシカがいますよ」といったところ、「なにごとですか」と返事をしたので、「このシカの鳴き声が聞こえますか」と言ったところ、「たしかにそのようにシカが鳴くように聞こえます」と返事したとさ。 【本文】男、「さて、それをばいかが聞きたまふ」といひければ、女ふといらへけり。 我もしか なきてぞ人に恋ひられし 今こそよそに 声をのみきけ とよみたりければ、かぎりなくめでて、この今の女をば送りて、もとの如なむ住みわたりける。 【注】 ・しか 「このように」という意とシカの意を言い掛けた。 【訳】夫が、「ところで、あのシカの声をどのようにお聞きになりますか」と言ったところ、元の妻がさっと返答したとさ。 わたしもシカと同じように鳴いてあなたから恋い慕われたものですよ、今でこそよそにあなたの声だけを聞くような寂しい境遇となってしまいましたが。 と歌を作ったので、夫は元の妻が作ったこの歌をこのうえなく称賛して、新しい妻を送り返して、もとのように初めの妻とずっと暮らしたとさ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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