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日本共産党 佐藤まさゆき

民青同盟時代の活動

●1992年4月大学卒業後、民青同盟石川県委員会に勤務。副委員長に。
●1994年6月、民青同盟中央委員、石川県委員長に。以来1999年12月まで県委員長をつとめました。

 民青同盟は、15歳から加盟できる組織。高校生、大学生、はたらく青年たちなど、ほんとうに多くの世代、多様な職種の仲間たちと一緒に、学び活動しました。

○高校生といっしょに
 ・毎年、「高校生夏の講座」と題する企画をいっしょにつくりました。
 ・子どもの権利条約を学んだり、不登校の高校生とも一緒に活動しました。
 ・世界の流れ「18歳選挙権の実現を」と、県議会や市議会に「18歳選挙権を国に求める意見書」の採択を求め、県議会、金沢市議会などに請願や陳情を行いました。

○働く青年たちの要求実現へ
 ・ある保母さんから、「有給休暇って何ですか」と聞かれびっくり。青年たちは労働者の権利を知らず、あきらめたり泣き寝入りしています。
 ・労働組合青年部とみなさんと一緒に「はたらく青年110番」にとりくみ、電話相談も(地元新聞にも紹介されました)。
 ・労働者の権利を学ぶ学習会も頻繁に行いました。

○青年の要求実現へ
 1998年11月には、「21世紀の主人公=青年学生がくらしやすい金沢にするために、以下の点での市独自の施策を求めます」と題する要望書をまとめ、金沢市と交渉。
・市内バス路線と本数の増加、市内一律料金化のために市独自に予算を組んで、バス会社に援助をしてください。
・青年学生への家賃補助、手軽に入居できる青年学生むけの市営住宅の増建築をすすめてください。
・保育料引き下げ・保育青年労働者の増員のために、市独自に予算を組んでください。
・気軽に利用できる文化施設の建設、スケートボード場の建設、グラウンドのナイター施設を増やすために、市独自に予算を組んで下さい。
 の4つの要求でした。

 青年学生への家賃補助、手軽に入居できる青年学生むけの市営住宅の増建築については、金沢市議会への請願にもとりくみました。

 その他にもいろいろあるのですが、おって紹介したいと思います。


 学習会の講師の準備をしているとき、民青同盟の文書を読み返す機会にめぐまれました。私が民青同盟中央委員・県委員長のときの活動の様子なども紹介されたものもありました。私の20代の苦楽は、民青同盟とともにありました。ここでは、私のことを知っていただくためにも、関連する文書を適宜紹介していきたいと思います(2004年9月27日記)。

●2004年9月27日
 1996年5月23日―25日に開催された民青同盟第23回全国大会第2回中央委員会決定より(掲載にあたり一部表現を修正しています)。

―また、この間の活動からも、同盟書拡大にたいする県委員会の指導と援助が決定的でした。この点で紹介したいのは、石川県委員長の佐藤さんの努力です。石川では県機関の活動でなおさまざまな悩みや困難もあり、三月の拡大は少数にとどまっていましたが、県委員長がみずから学習と活動の努力を大きくかえることにとって4月が同盟拡大で前進をかちとった、その努力の内容を学ぶことが大切です。
 一つは、情勢と青年の大きな変化に確信をもち、人間の命が大切にされない日本社会の実態と、「住専」と沖縄を中心としたたたかいの展望をできるだけリアルに学ぶ努力をつよめ、その怒りや確信が相手にも伝わるように熱く語ったということです。きっかけとなったのは、「なぜ情勢と青年の変化にふさわしい活動になっていないのか」「『組織の困難』を理由にしていないか」と自己分析し、「一般的に話しても響かない」と、県委員長自身が実感をもってリアルに語れるように、なによりも自分自身の学習の努力をつよめたことです。「民青新聞」と「赤旗」の切り抜きで情勢を学習したり、志井質問ビデオや沖縄・安保、「住専」、阪神大震災、薬害エイズ問題などのビデオをくり返し学んで、自らの怒りを燃えたたせ、「広告縦覧といってもダンボール十箱分の資料になり、これを確認するだけでも相当の時間になり、ますます政府はおいつめられる」「薬害エイズ訴訟の原告団のすわりこみ行動では、免疫値をしめすCD4が1の人もいて、文字どおり命を削っての行動がで、厚生省と製薬会社をおいつめた」など、同盟員や青年の正義感をゆりうごかせるような訴えができるようになったそうです。
 もう一つは、青年名簿を握り、「拡大で前進するという決意にたって指導と援助の中身をかえたことです。多くの県にも共通して出されたように、「班会で拡大が議論にならない」という悩みがありました。これにたいして、県自身が青年名簿をにぎり、その青年を班に迎えるためには何が必要か、という視点で指導と援助の中身を変えました。具体的には、高校班に県がつかんだ青年名簿をしめし、公開学習会を機関の責任で設定したり、事前に中心メンバーに集まってもらい、『高対部・相談員研修会報告集』の学習をおこなって、いっしょに電話かけをしたり、なかなか約束がとれない幹部には、「この日を公開学習会にしたら」「演説会にさそってみたらどうか、『知る会』には私が入るから」など、いっしょに作戦を考え、展望をしめしたことが重要でした。県委員長は、これらの努力と経験をつうじて、「幹部と同盟員は、『仲間が増えたらいい』と思っているが、どうしたらいいのかわからずにいるだけに、『青年を紹介する』『拡大をするためにどうするのか作戦と展望をともに考える』、こうした指導と援助を待っていることを実感した」「逆にいえば、機関がこういう指導と援助をしないかぎり、拡大は自然にすすむものではないことも実感した」と語っています。
 こうした努力をすべての県でいっそう発展させて、同盟員と読者でいちはやく大会現勢を突破し、さらに前進させましょう。
(中略)
 一方、昨年の年末以来、努力をつよめて同盟費の納入の向上や機関紙代の完納もできるようになるなど改善をかちとっている組織も少なくありません。これらの組織では、「毎回の県委員会で、財政活動の実態も報告し、その後に『いっせい実務』を参加者でおこなうことで、県委員の自覚も高まり、県委員先頭に財政活動の努力がひろがってきている」(石川)など、一人ひとりを大切にする保障としての毎月の「いっせい実務」を、それぞれの組織にふさわしいあり方で定着させています。(以上、中央常任委員会からの報告)

―やはり県委員長自身のつかんでいる確信の中身、深さによって、幹部や班の立ち上がりや活動に明暗が分かれています。石川県委員長の努力について多くの方がふれられていましたが、その教訓の中心もそこにあります。
(中略)
 「いま日本の政治と社会が変わりつつある」という情勢全体に対する確信をもった見方、広範な青年のなかで進行している、近年にないひろい深い変化のとらえ方の中身、そして民青同盟の躍進がつよく求められているという確信を
、石川県委員長も強調したように、本当に自分自身が、腹の底からつかんで語れるようになるまで学ぶことが大事です。そうした学習の努力こそ、前進への大志をうみだす根本的な力であり、それは必死の学習によって未来への明るい希望と確信をもってたたかった共青同盟員たちの活動にもつうじるものではないかと思います。
(中略)
 石川の佐藤さんも語っているように、前進を開始した組織にも、当然、歴史的情勢と主体の側とのギャップはあったし、いまもあるわけです。しかし、情勢の発展と私たちの活動にギャップがある場合、そのギャップに対して、うち勝つのか、それともうち負けるのか、歴史的な情勢にこたえて活動を発展させ、主体の側を成長させるのか、それとも、主体の側の制約に、情勢や青年にはたらきかける活動をあわせるのか―ここに大きな分かれ道があります。「ダイナミックな情勢の変化があるだけに、自分自身のダイナミックな変化が求められている」と発言した人もいましたが、青年運動と民青同盟の躍進をかちとる「歴史的なチャンス」へのゆるぎない確信をもって、情勢と青年の願いに正面からこたえてダイナミックに活動すれば、いま自分も組織も急速に変えていけるんだ、という確信をつかんでいることが、これからの人から学ぶべき教訓ではないでしょうか。
 自らの指導をふりかえり、「前進の条件と自分の指導力とのギャップに悩んでいる」「自分は県委員長に向いていないのでは、と思うこともあった」と率直に語った人もいました。全労連議長の三上満さんも今年の全国高校生集会の講演で強調されていましたが、「不完全であること」「未熟であること」は、青年にとって、なんら「恥ずかしい」ことではありません。(以上、討論の結語)


New!
●2004年10月11日
同盟費納入と配達・集金の改善であたたかさあふれる組織へ前進
 ―民青同盟第24回全国大会での発言(1996年11月)(掲載にあたり、一部修正しました。)

 石川県同盟は、大会にむかう運動は不十分な到達ですが、この一年間の努力と大会を迎える運動のなかで、同盟員、「民青新聞」「われら高校生」ともに現勢を回復しました。
 石川でも、全国でもこの一年間に本当に多くの仲間を迎えているいま、同盟員一人ひとり、読者一人ひとりを大切にする同盟のあたたかさを発揮することが今大会が提起する十万、二十万の同盟をつくるためにさけて通れない問題であるということにしぼって発言したいと思います。

 石川県同盟は、昨年二十三回大会直後の十二月まで、同盟費納入率がきわめて低く、機関紙の中央滞納も数か月分かかえ、専従者給与も全額支給できなくてあたり前という状況でした。しかし、昨年来の努力で県全体がこの状況から脱却し、同盟費納入率をほぼ倍化させ 中央完納と専従者給与をことしに入ってから八カ月連続して続けている努力の中身を紹介し、大会決議案を支持し、深める立場で発言したいと思います。

 財政問題、とくに同盟費の納入、配達集金の問題で何よりも私自身がかわったのは、昨年十二月、ある同盟員と対話したことがきかけでした。この同盟員は金沢で友禅の仕事を続けていましたが、不況のあおりで仕事をやめ、金沢から車で片道三時間かかる実家に戻っていました。「民青新聞」は毎月送りつづけていたものの、この二年間一度も連絡をとったことのない同盟員でした。電話すると「実家に戻ってからまわりに青年がいなくてさびしい思いをしていた」と対話になり、私の訪問を快諾してくれました。私はさっそく訪問し、彼の自宅で二十三回大会決議案を学習しました。彼は「今日はきてくれてほんとうにありがとう。『相談・親切・友情』活動は本当に大切。ここにも班ができればいいな」と話してくれました。私は「三十分ほど北に行くと同盟員がいる。二年間未連絡だったが訪問してみよう」と提起し、二人で訪問しました。その同盟員は「いつも新聞送ってくれてありがとう。ここで農業をしていたけど、会社の都合でやめざるを得なくなり、金沢に戻ることになったんです。いま引越しの途中なんです」と、荷物を片づけながら話してくれました。
 私はその帰り道「もっと早くはたらきかけていれば、地域に班を作り、二人が成長できる場を作れたのに」という後悔と同時に、はたらきかけない同盟員をなくそう、同盟費納入と配達・集金の改善も、同盟のあたたかさであり、「相談・親切・友情」活動の精神を発揮する大事な活動と固く決意しました。

 昨年来努力してきたことは、二十二大会期に強調された、思想、体制、点検の努力を、私が先頭に立って実践してきたことです。

 第一に、思想の問題では、同盟費の納入と配達・集金は「会議で集金するのを忘れた」ということではすまされない、同盟のあたたかさの問題であること、同盟費の口数や滞納は数やお金づくりの問題ではなく、そこには同盟員や読者一人ひとりの顔があり、成長があり、ドラマがあること、数にあらわれる同盟員と読者の実態に心をよせようということを強調してきました。そのなかで、ある同盟員は、「ぼくは今月も同盟員としてがんばろうという気持ちをこめて同盟費を納めているんです。この気持ちを伝えたい」と、財政活動の先頭にたちました。民医連病院班の担当者は「一年の滞納はあたりまえ」の状況を克服し、「同盟費納入、配達・集金は同盟員や職場のようすがわかってほんとうに楽しい」と変化し、生きいきとりくんでいます。

 第二に、体制の問題では、まだまだ不十分ですが、班の担当者の配置と、財政・機関紙ノートの活用を定着するまで努力してきました。私自身、毎週水曜日は機関紙の日と位置づけ、その週に増えた読者への確実な配達・集金ルートの確保、減紙読者の処理などをおこなってきました。一人の同盟員と読者もあいまいにしないように努力し、配達も私が先頭に立ってやりぬこうと決意してきました。私自身の過重負担となっている部分はありますが、必ず毎週の読者に届くようにルートを確立してきています。

 第三に、点検を必ずおこなうことです。月初めから班会議や企画の前に必ず点検の電話をおこなうよう心がけてきました。ある班の担当者は、私の顔を見ると、すぐ集金のことが脳裏をよぎるようになったと話してくれました。

 中央委員会報告は、今大会を新たな出発点に、十万、二十万の同盟をつくることを提起し、そのために班の発展と拡大、強化こそ強く大きな組織をつくる大道であると指摘しました。この大道をすすむ上で「班を主人公」にした同盟費納入、配達・集金は避けて通れない課題です。全国のみなさんの感動あふれる発言をしっかりと胸にきざみ、数千の県同盟をつくる決意をのべて発言とします。


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