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Excuse me, Why I kiss in the sky?

2006.09.03
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カテゴリ:音楽
前もって書いておきます。
この内容はC!のみんなに向けて書く内容で、誰かを傷つけたり、貶めたりする意味で書くつもりではありません。
C!のほとんどの人に話してなかった、僕の音楽活動の足跡です。初ライブから活動休止までの約半年を、なるべくなら飾らずにそのまま伝えたいです。

なぜ、こんなものを書くかというと、ようやく落ち着いたからです。当時のことはひきずらないつもりで、ばっちりひきずってきたから、ここで一度整理しておきたいからです。


2004年8月31日、僕は岡山で初めてのライブをする。某楽器の店内ライブに出演、ソロギタリストという変わったスタイルが若干注目を集める。しかし、個人としては変なところに不満があった。それが、そのライブの出演バンド。僕の一つ手前はヘビメタバンド、音圧から言って違い過ぎる。その頃にアコースティックギターだけのイベントに出たい、と思うようになる。

今思えば、ヘビメタだろうがパンクだろうが、その後に自分が演奏することによってその「イベント全体」としての幅は広がるのだ。お客さんにしたら、色んなものが聞けてラッキーなのだ。今はそう考えて、出演バンドのジャンルは気にしていない。

その後、色んな楽器屋さんでライブイベントの情報を集める。本当に足で稼いだ情報、という自信はある。その中で今でも一番感謝しているライブバー「」を知る。マスターにはあらゆる面で感謝しています。
そして「N」で約月一ペースでライブをする。その時にマスターからもらった駄目出しは「緊張し過ぎ」ということ。その解決に大いなる助力を注いでくれたのが「N」のマスターでした。イベントのない日は自由にステージを使わせてくれて、ひょっこり足を運んだお客さんに聞いてもらう、という方法で、どうにか「緊張」せずにライブを行えるようになった。
またこの頃に「N」で知り合った人の企画ライブにも何回か出させてもらう。

大学の音楽サークルに入れば、ライブすることは簡単だったと思うけど、自分の足と、自分のキャラで人間関係を形成し、自分のしたいライブをする、そういうことにある意味、自信がついてきた時期の話になるのですが。

この頃に、昔の知人「」(昔と言っても当時より2年くらい前)と街中でばったりと会う。お互いにギターをやっていることは知っていたし、なによりも知り合ったのが超フレンドリーな楽器屋(これについては後日書きます)なわけだから、未だに音楽を続けてるのか、という話題になった時、「S」も続けていたという。その紹介でとあるお店に出してもらったところ、他県でイベント団体をやっているという「」と知り合う。
この僕、「S」、「F」の3人でイベントを起こそうという話になる。確か言い出したのは「F」である。当時はライブに飢えていたので即了承、行動を起こす前に計画を練り始める仲、「S」と「F」の間に亀裂が走り、僕と「F」だけで運営することになる。
イベントを運営、と言っても必要なものは限られている。場所と人とお金。場所は僕の懇意のお店ということで「N」のマスターに話を通す。大歓迎、ということで場所の確保は完了。場代も一番安心な価格にしてもらえたのでお金もクリア。残るは人。
「S」との亀裂、ということを踏まえて「実力よりも人となり」でメンバーを集めるにも手段がわからず、ない知恵を絞っていたある日のこと。

ちょっと個人的な理由で夜の駅近辺をふらついていた時のこと、「」という路上ミュージシャンと知り合い、イベントのことを話すと快く了承、人材に関しては「H」のコネをフル活用することに。そこで何組かと知り合うことになり、計6組(僕含む)でライブをする。その6組の仲に僕と「F」の一緒にやったユニットも含まれる。それが大学3年のクリスマスのこと。
ライブ自体はそこまで知れ渡っていたわけではなく、お客さんもやや少なかったように思うけど、イベントとしては成功したほうだと個人的には思っている。

問題はここからだった。

このクリスマスのイベントをどう解釈するか、ということになり「F」は「他県のイベント団体の暖簾分けした団体のイベント」という解釈の一方、僕と「H」は「そういう団体というよりはこっちはこっちで位置付けはいらない」という見解に。ここで「F」と「H」は袂を分かつ結果に。
一方、次のイベントが4月頭にあったのだけど、その直前に僕の留年が決定してしまい、正直ちゃんと将来に向けて動く必要があると考え、音楽活動休止を宣言。それが「F」には「つまらん理由」と映ったらしく、やはり決別。そして僕は進路を見直したり、自分のことに一生懸命でギターを触らなくなった。

これが大学1回目の3年の頃の出来事です。
音楽をやっていくには色んな考え方があり、色んな活動の仕方があるんだなぁ、と再確認。「N」で知り合った40代の人は妻子持ち、仕事もちゃんとしてる「一般的な」社会人。僕はそういう風になりたかったし、その人といっぱい話した結果「まず社会ありき」というスタンスが身についたのだと思う。それを受けれ入れる受け入れないは自由だし、そもそも受け入れないならそれで人間関係やっていけないのが事実。
本当にのんびりやっていくつもりだし、今、活動再開とかなってるけど、「自分は自分」というのだけは忘れないようにしたい。






Last updated  2006.09.03 16:44:17
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