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がらくた小説館

理念


 タクシー運転手として働き始め、はや20年。紆余曲折はあったが、なんとかここまでやってきた。

 絡んでくる客や酔っ払い、はたまた無賃乗車までと幅広いお客を相手にしてきた。

 独立して、個人タクシーを始めたのが一ヶ月前。辞める時に少々揉めたこともあって、新天地での挑戦だった。あの頃の様に、無線で情報を共有してくれる仲間もいない。自由はあるが、逆にすべて自分でなんとかしなくてはならなかった。だが後悔は無かった。

 俺のもっとうは質の高いサービスだ。客がタクシーを、足のためにだけ使うようなものでは駄目だと思っている。このタクシーに乗って良かったと思うような格式のあるタクシーを目指したいと思っている。

 それは私独自のタクシー理念であり、簡単なことでは無いが、タクシー業界への挑戦でもあり、差別化を目的としたものであるともいえるだろう。だからこそ独立は不可欠な要素だったのだ。

 そんなことを考えていると、今日のお客第一号のお出ましだ。
 
 俺はその客の前で車を停止させ、後部座席のドアを開けた。

 ほのかに香水の匂いを漂わせた品のある貴婦人が、乗車しながら「すいません。○○駅までお願いします」と言った。

「○○駅ですね?」と私。

「はい。お願いします」

「ところでタクシーに乗るのは始めてですか?」

「えっ?よく乗りますが…」

「いえ、そうじゃなくて私のタクシーにです」

「はっ?そうだと思いますが…」貴婦人は不思議そうにミラー越しの私の顔を伺っている。

 そこで私は貴婦人に言った。

「すいません。お降りください。当車は”一見さんお断りなのです”」


 




 


 









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