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伊賀市須原大橋広場句碑 「からかさに おし分け見たる 柳哉」 元禄七年(1694)江戸芭蕉庵で詠んだ句 句意 春雨がしだれ柳の枝から美しい雫となって落ちている。傘をさしてその風情に見入っていたが、 ふとその柳の枝を分けてみたくなり、思わず傘をすぼめながらみた。 句碑西側の河畔に柳の木があります。柳の木があるのでこの句を選び句碑を建てたのでしょうか。 新大仏寺へ行く道中、柳を見たと言ったとのことでこの句碑を建碑したとのことでした。 そうすると柳の木は後から植えたのでしょうか。 傍らの道中祈願塔に「南無阿弥陀仏」と刻まれている。 「右なら 大坂道」とあり 嘉永二年(1849)と在銘があるので句碑も当時建てられたものでしょう。 伊賀市鳳凰寺(ぼうじ) 鳴塚(なりづか) 6世紀後半頃の古墳 「天皇のご譲位があるたびに塚が鳴る」という伝説から、「鳴塚」と言い伝えられてきたそうです。 乳文鏡、玉類、須恵器など、数多くの副葬品が出土していますが、中には他に類を見ないものもあり、この地の古代からの文化の高さを物語っています。 埋葬者の説は、大友皇子の生母、伊賀釆女宅子(いがのうねめのやかこ)とか宅子の父親の伊賀山田郡司の説 そして弘文天皇(大友皇子)説もありますがはっきりとはしません。 天皇の譲位は1817年(文化14年)の仁孝天皇以来で202年ぶりとなりました。 1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法ではに天皇の譲位は認められていなかったが皇室典範 特例法が2017年(平成29年)6月16日に制定された。2019年/平成31年4月30日23時59分を以て明仁 は退位、翌日の2019年/令和元年5月1日午前0時0分を以て皇太子徳仁親王が第126代天皇に即位・践祚、退位した天皇は上皇となり、約200年ぶりの譲位が実現した。 約200年ぶりということで沢山の人が聞こうと集まったとのことですが残念ながら確認出来なかったそうです。 植木神社内芭蕉句碑 「枯芝や やゝ か希(け)ろふ能(の) 一ニ寸」 芭蕉 冬の色が濃いが枯れ芝の上に一ニ寸の陽炎が立ち暖かさがあり春も近いのか 新大仏寺の句も陽炎がありますが同じ年の伊勢参りの道の句ですので発想が似たのでしょうか。 中ノ瀬磨崖仏 伊賀市中瀬 伊賀市最大の磨崖仏 中央に阿弥陀如来立像 276cm 右に観音菩薩頭部 右脇に観音菩薩 135cm 最右に地蔵菩薩立像 251cm 左脇に勢至菩薩 153cm 最左に不動明王像 233cm 中央の阿弥陀如来立像は鎌倉時代のもので他は室町時代以降に刻まれたもの。 岩は花崗岩で花崗岩はマグマが噴火せずに土の中で固まったもので伊賀の山々はほとんど噴火して いないので花崗岩の宝庫です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020年09月22日 13時15分11秒
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