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2008年06月10日
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カテゴリ:憂国慨言
 秋葉原の事件には驚いた。

 現実味が感じられないが、紛れもなく現実に、大量殺傷事件が起ったのである。

 よく秋葉に行く知人に電話をした。自宅に居た。

 「小人閑居して不善を為す」とは、論語の言葉だ。

 だから、君子になれ、というのではない。人間、大多数は未熟者なのだから、「閑居」しなければよいのだ。家族とはそのためにあるのかもしれない。

 自分とは違う他人と、実際に触れ合っていれば、気心も通じる。安定感も出てくる。また、他人と共に生きられなければ、この世で生きていくことは出来ない。どうしたって1人で生きていけるようには、この世は出来ていないのだ。

 しかし、1人世帯が過半数を超したという報道があったのが暫く前のことだ。「閑居」する人々が一体どれほど居るのか。

 閑居しても、たとえ希薄であっても、上っ面だけでない他者とのつながりを保つことが出来れば、それほど大それた「不善」をなすこともないのではないか。

 人は人の中でしか成長することは出来ない。

 さかきばら事件のとき、あの少年は、「透明な自分」といった。自分の存在が希薄化しているからこそ、他人の存在も、まぼろしのようにしか感じられないのかもしれない。

 通り魔をするしか、リアルに出会うことが出来ないという悲惨さ。

 現代を象徴する事件だと思った。

 国家意識に目覚めるには、ミサイルが飛んでこなければダメだ、とぼやく人がいる。

 感覚としては同じではないか。

 余りにも、第二現実に依存し、白日夢の中に、埋没しすぎているのではないのか。

 余りにも、ひ弱な自己、地道に苦労するということ、自分で現実を切り拓こうとする意思の力を、なぜ自ら磨こうとしないのか。

 やったことの責任は、取らなければならない。しかし、向き合うことが出来るのだろうか。






最終更新日  2008年06月10日 22時10分21秒
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