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お散歩うさぎさんのブログ 《京都・いろ色》

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祇園祭・八坂神社

2019/09/06
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カテゴリ:祇園祭・八坂神社
祇園祭の「前祭(17日)」
山鉾の巡行で街を清めて
八坂神社から神様をお迎えする神幸祭で
三基の御神輿が御旅所へ渡御

「後祭(24日)」の山鉾の巡行の後
御旅所に鎮座していた神々が
八坂神社へ戻る還幸祭



四条通りは
河原町通から烏丸通まで
車両通行禁止

四条通りは整然として
粛々と神事のあと



中御座が担ぎ出されました。
六角の屋根に鳳凰



鳳凰の前に「稲」です



頭にさしているのは
「榊」と災厄を祓い疫病を除いて福を招く
「蘇民将来之子孫也」御守り
神社から授与されたものでしょう。

担ぎ手は「三若」




御神輿を差しあげて
「回せ! 回せ!!」の号令がかかり
観客の雰囲気も盛り上がります。
















四角の屋根に宝珠が付いているのは
「東御座」
女神の御座にお似合います。







担ぐのは「四若」です。



担ぎたそうな後ろ姿です。
























「西御座」
屋根が八角、鳳凰です。



八柱御子神が載るから八角!?(^▽^)



担ぎ手は「錦」です。























先導の神官ととみに寺町通りへ

道幅の狭い錦市場の中も練ってゆきます。



22時頃まで市中を練り歩き
八坂神社へ帰って行きます。
後祭を終了します






Last updated  2019/09/06 11:02:54 AM
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2019/09/02
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
八坂神社の祇園祭の後祭(24日)も
復興した山鉾の話題で
フイーバーしました。

「役行者山」
役行者が一言主神を使って
葛城山と大峰山の間に
石橋を架けたという
伝説を題材にしています。



山鉾の辻回しです
定位置で担いで回ります。
一回ならず二回三回まわる
山鉾もあります。




河原町通りを南に向いて進みます。



写真右側が一言主神、左に葛城神、
見えませんが中央に役行者

ご利益は厄除け、安産、交通安全
変わったところが”肩こり”
肩こりが治るのでしょうね。





「浄妙山」
平家物語の宇治川の合戦を題材にした山
御神体の一来法師が
「悪しう候、浄妙坊」と
筒井浄妙の頭上を飛び越えて
戦陣に出る瞬間だそうです。
ご利益は勝運

















「鈴鹿山」
緯線国鈴鹿山で道行く人を苦しめた
鈴鹿権現(瀬織津姫命)の
伝説題材にしています。
瀬織津姫は女人の姿で能面をつけ
金の烏帽子をかぶっています。
ご利益は雷除け、安産








「鷹山」
以前は大船鉾の前を行く
くじ取らずの山鉾でしたが
1826年の巡行の際、大雨にあって
装飾品を破損したことを理由に
翌年から巡行に参加していません。
その後、1864年の大火により
御神体と鉦(かね)を残し焼失しました。

昨年まで御神体を飾り、
居祭りを続けていましたが
約200年ぶりの復活を目指して
今年から唐櫃巡行です。







200年ぶりの巡行に
誇らしい気持ちがうかがえます。











御神体は鷹遣、樽負、犬遣です。
ご利益は開運招福

山鉾ができて巡行されるのは
3~4年後になるでしょう。
その時は立派な鷹の絵の見送りが
見られることでしょう。










「大船鉾」
前祭の船鉾を”出陣船鉾”に対して
神功皇后が凱旋した船にゆらいするので
”凱旋船鉾”と称しています。
蛤御門の変で大部分を焼失し
居祭りを続けていたが平成26年に
150年ぶりに復活しました。

漆塗や錺(かざり)金具などの
復原を進めるそうです。
ご利益は安産と勝運



今年の舳先を飾る大金幣
来年は龍頭です。

一年交替の訳は・・・
過去、四条町や新町が繁栄していた頃
四条町が北と南に分かれて
巡行を一年交替受け持つことになり
北四条町が出す時は龍頭、
南四条町が出すときは御幣を掲げて
巡行しました。
その時の名残だそうです。















赤い髪は御神体のようです







































掛矢(かけや=ブレーキ)や
梃子(てこ)で進行を整えながら
河原町通りを南へ



悠々と進む凱旋姿の大船鉾は
祇園祭の大取に相応しいです。

この後華やかな巡行があります。

夕刻には御旅所から
三基の御神輿が八坂神社へ戻る
「還幸祭」です。






Last updated  2019/09/02 10:44:25 AM
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2019/08/31
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
八坂神社の祇園祭(後祭)の巡行

三番目に「鯉山」



龍門の瀧を飛躍しながら登る姿です。
山を飾る前懸けや胴懸け、
水引、見送りなどすべて重要文化財です。



中国の故事
龍門を登り切った魚は
霊力が宿り龍になるという伝説に
難関を突破して立身することを
「登龍門」と言われるようになった。

ご利益は・・立身出世に家内安全も

中国で龍は皇帝の象徴とされています。





「八幡山」
町内に八幡宮を山に載せています。
金箔張りの社殿は蔵に保存されて
巡行の日のみ山に飾られます。







八幡宮のシンボル!?の鳩は
鳥居に向かい合って止まっています。





黒主山
六歌仙の一人大伴黒主が桜を眺める姿が
山の上に見られます。







「寛政元年五月 辻又七郎狛元澄作」の
銘が入っているそうです。
(寛政元年五月は1789年5月のようです)









南観音山
北観音山の上り観音山に対して
下り観音山といわれています。
楊柳観音像と善財童子像を祀ります
巡行時は柳の枝を後ろに差しています。
ご利益は厄除け







カメラマンは辻回しを待ち構えています







柳は諸病を防ぐといわれており
巡行が終わった後解体時に
枝をいただいて持ち帰られます。







カメラマンが一斉に走り出して
前をふさがれました。



























平らに見える道路も
凸凹で車輪の調整に忙しいです。











南観音山も無事に見送りました。
最後尾の大船鉾までは次回に。






Last updated  2019/09/02 10:45:34 AM
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2019/08/29
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
八坂神社の「祇園祭」は
前祭と後祭がありますが
前祭は山鉾の数も多く巡行が華やかです。
その陰に隠れて山鉾の数も少なく
寂しいように思われてきましたが
11基の山鉾の巡行がおこなわれます。

後祭は前祭の巡行コースと逆になり
札改めの場所は京都市役所前です。

鉾を90度回転させる辻回しは
同じようにおこなわれます
辻回しに必要な青竹は
各鉾が持っていますがその際に使う水は
辻で用意されています。












トップはくじ取らずの「橋弁慶山」
ご利益は心体健康



櫓の前懸けは鉄斎の原画「椿石図」
胴懸けの下絵は
応挙の作と言われています。

山は各辻のその場で一回転させますが
たまには二度三度回転させる山もあり
観客から「わぁ~~」と歓声が上がり
拍手をもらって前進します。







牛若丸が五条大橋で弁慶と戦う様子





二番手は「北観音山」
楊柳観音像と韋駄天像を祀り
巡行の際、
見送りの横に柳の枝を差しています。



観音山の山鉾は北と南がありますが
それぞれお囃子が付き鉾の形態です。
北観音山は「上り観音山」
南観音山を「下り観音山」と呼ばれ
両山鉾ともくじ取らずです。
ご利益は厄除けです。



辻回しの位置に青竹を敷きます。















山鉾が敷かれた竹の上に載ったところで
音頭鳥の方が二人追加されて乗り
四人で先導します。



















お囃子も一段と激しくなります。







良いところで各社の報道関係者が
取り囲み見えません。(;;)

ブーイングが聞えてきますが
この方たちは仕事ですから・・・。

辻回しは
最低、3~4回に分けておこなわれ
そのたびに青竹を敷き水をかけてます。























河原町通(南北の通り)を
山鉾が南に向きました。







90度回転して沿道に厄除けを授けて
行かれたことでしょう。

後祭は山鉾の数が少ないですが
最後までお付き合いください。

今年の場所は御池通と河原町通の交差点、
早くから場所を取っておられた方が
仲間のほうへ移動されて
場所を譲っていただきましたので
助かりました。
場所は良くても後は写真ですね。
(^▽^)







Last updated  2019/08/29 10:03:35 AM
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2019/08/25
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
前祭が終わった後に山鉾を建て、
7月21~23日が後祭の宵山です。
巡行は7月24日です。

烏丸御池の近くに「鈴鹿山」



山の場合、櫓の上は巡行当日に
飾りつけされますので
何も載せていません。

巡行順は7番めの「役行者山」
(えんのぎょうじゃやま)




役行者山と同じ室町通りに建つ
「黒主山」(くろぬしやま)
山には大伴黒主と
昨年、新しく作り替えられた
真新しい桜の木が載ります。
巡行順は5番目です。








六角通りへ曲がれば
「浄妙山」(じょうみようやま)
一来法師が筒井浄妙の頭上を
飛び越える瞬間を表現していますので
見ものの山です。




元の室町通りを南へ
「鯉山」











鯉と鳥居など一式が櫓に載ります。




鳩の模様も可愛い幕がかかるのは
「八幡山」







下の写真の左が以前の鳩で
左甚五郎の作です。
現在は載るのは新しく作られた
右側の鳩です。



鳩は櫓のどこに載るのでしょうか。
巡行時は
下の祠の前の鳥居に止まります。




新町通りに
北観音山と南観音山が名旅ます。

後祭の中でお囃子が付く
「北観音山」です。











雨が降り始めました。
二階に楊柳観音像と韋駄天像が
祀られているようです。



雨が降った後、道にできた水たまりに
北観音山が写りこみます。
写りこみを狙う方が結構おられます。







北観音山を見上げる方を
シルエットでいただきました。

・・・お子さんを抱いた親子です。
アベックでないのが残念・・・


南観音山
山ですがお囃子が付きます。








夕暮れとともに子どもたちが
ローソクを売る歌声が可愛いです。
正面からの写真はやめておきます。



お囃子の方たち




四条通りを渡って「大船鉾」
2014年、
150年繰りに復興されました。







 今年は大金幣が舳先を飾ります。
龍頭は来年です。



お囃子を持っている山鉾は
御旅所へ巡行祈願に出かけられます。




三体のご神体を飾る「鷹山」
現在までは居祭を続けてていましたが
今年から巡行に加わりました。
ただ、山鉾ができていません。



復興のイメージ図です











可愛いお顔ですが
手元だけにしておきます。




宵山に祇園祭に関係のある秘蔵の
屏風や置物が各家が展示されます。
過去、拝見できるお家が
多かったのですが転居されたりで
数が減りました。




珍しい立札を見つけました
「三井両替店旧跡」です。
ここ新町通りで商いをして財を成し
三井財閥へ発展しました。



御旅所の三基の御神輿です。
後祭が終わったと
八坂神社へ戻ります。
右から
東御座、中御座、西御座です。



・・・・・・・
記事を作成途中にPCの電源が切れて
気が付いた時には時すでに遅く
「あとのまつり」でした。
充電していて遅くなりました。(苦笑)






Last updated  2019/08/25 04:14:36 PM
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2019/08/23
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
祇園祭は八坂神社の祭り!
このことは以前にも記載いたしました。
山鉾の巡行は三基の御神輿が御旅所へ
渡御するための露払いと言えるでしょうね。

17日の山鉾の巡行で
清めお祓いができた市中を
その日の夕刻に
御旅所へ向かうのが八坂神社の祭りです。

三基の御神輿に載るのは八坂神社の主祭神
中御座(スサノオノミコト)
東御座(クシナダヒメ)
西御座(八柱御子神)



渡御を先導して
神宝などを携えて行くのは
清々講社・宮本組
円融天皇の勅令を直筆したといわれる盾
他に矛や盾、弓矢や剣、武具に楽器です。



久世







御神輿の渡御に欠かせないのが
綾戸国中神社の久世駒形稚児です。











スサノオノミコトが愛馬の頭を彫り
授けたといわれる「符」
国中神社のご神体を胸に
中御座を先導します。

稚児が到着しないときは八坂神社から
御神輿を一歩も動かしてはならぬ。と
伝えられているそうです。

13日に長刀鉾のお稚児さんが五位の位を
いただくため社参した日の午後に
久世駒形稚児も社参しています。

神幸祭と還幸祭に中御座を先導します。




中御座を担ぐ三若



























東御座の皆さんが神輿洗いの初めと最後
渡御のための神幸祭、還幸祭の
計四回神輿を担ぐことになります。

中御座の三若の皆さんが
羨ましがっておられるとか・・・。
巷の噂です~。

東御座をリードする四若の方です。















肩車で
扇で煽る仕草も堂に入ってます。
将来、御神輿を担ぐでしょうね。





西御座の先導者の方です。
東御座が気炎を上げているので
待機中



法被の背に「錦」のマーク
狭い錦市場の中を通りぬけて行きます。



八柱御子神を載せた西御座は
元気いっぱいで
やんちゃん感じがします。
気のせいでしょうねぇ。



















八坂神社の前に勢ぞろいした
三基の神輿と子ども神輿は神事の後
それぞれのコースをたどり
御旅所へ向かいます。


花見小路をゆく東御座
料理屋さん、クラブや居酒屋などが
飲食店ひしめいている場所です。



お父さんは神輿洗いの際は
松明を担いでおられたのではないかな。
ご了解をいただいて
後ろ姿をいただきました。



今回は御神輿を
追いかけず帰宅しました。






Last updated  2019/08/23 11:45:30 AM
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2019/08/19
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
​​

五山の送り火で
寄り道していましたが
祇園祭に戻ります。

現在の山鉾巡行は四条通りにしても
河原通りや御池通りも広いですが
過去、
寺町通りを鉾が通っていたそうです。
寺町通りより狭い新町通りを
山鉾が鉾町へ戻って行きます。

大きな鉾が道幅いっぱいに
ゆらゆらと通る様は見所でしょう。

長刀鉾に続いて蟷螂山も
羽をパタパタさせながら
通過してゆきました。

函谷山(かんこほこ)















手前が郭巨山です。
後ろに懸かっている見送りは
上村松篁の「万葉美人」です。


綾傘鉾の棒振囃子








菊水鉾








音頭取の空色の浴衣と
綱を引く赤い陣笠が特徴の鶏鉾








油天神山







芸妓さんやお姉さんの舞妓さんが
お出迎え。
二階は妹の舞妓さんかな・・・。

祇園祭の時期、7月半ば
舞妓さんの髪形は「勝山」だそうです。
この方の髪形が「勝山」なのか・・・
判断できません。



二階に向けて粽を投げられるのですが
見学者が多いので危ないからでしょう、
最近はほとんど見ることはありません。

月鉾



浴衣の柄は
三本足の八咫烏(やたがたす)です。




岩戸山








岩戸山です。



岩戸山の見送りは
日月龍百人唐子遊文図
(にちげつりゅうひゃくにんからこゆうもんず)
1988年に復元された見送りです。




悠然と姿を現した・・船鉾



















巡行順では船鉾が最後尾ですが
新町通りへ入るときは
放下鉾が最後になります。

理由は
放下鉾は新町通りに鉾が建ちますので
他の山鉾が通れなくなります。
巡行の際、放下鉾の後ゆく
岩戸山、船鉾が通ってから
新町通りへ入ってきます。

放下鉾です。















祇園祭の前祭の巡行が終わりました。

※ 一部、文章を訂正しましたので
再更新しました。​​






Last updated  2019/08/19 08:48:23 PM
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2019/08/15
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
山鉾の巡行は
四条通寺町で長刀鉾がしめ縄を切り
河原町通りを北へ進み御池通りで西へ
それぞれの辻で辻回しをおこなって進み
新町通りの辻回しの前に
長刀鉾からお稚児さんが下ります。



新町通の少し手前で鉾を止めて
梯子が架けられて禿(かむろ)の
二人が先に下ります。








剛力さんが上がってきて











後ろ向きの姿勢から
梯子の上で前向きになります。















一段一段慎重に下りて行かれます







観客はかたずをのんで見守り
息詰まる一瞬です。
無事に下りた様子を見て
≪拍手・拍手≫

お稚児さんへの
ご苦労さんへはもちろんですが
剛力さんへの拍手が
勝っているように思います。











鉾を新町通の辻まで進めて
鉾を90度回転させる
辻回しがおこなわれます。







青竹を並べて敷き、水を掛けて















車輪にも綱をかけて3~4回ほどで
90度回転させます。



屋根の上では屋根方が綱をもって
真木の揺れを抑えておられます。
力が一つになって辻回しが可能です。







新町通の狭い道へ入って行きました



通りの電線はカバーされていますが
屋根方の緊張する場所です。



長刀鉾は新町通を出たところで
もう一度辻回しをして四条通を東へ行き
鉾を建てた場所へ戻ります。






Last updated  2019/08/15 10:02:38 AM
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2019/08/11
カテゴリ:祇園祭・八坂神社
山鉾の進行順を逆行して
烏丸四条まで来ました。
烏丸通りを隔てて巡行を待つ後続の山鉾です。

南北の烏丸通りは交通規制を
していないので
警官によって交通整理です。



手前から占出山(うらでやま)
陰になってる見えないですが
霰天神山(あられてんじんやま)
放下鉾、岩戸山、船鉾が続きます。

占出山は
神功皇后が外征の際し、
肥後国松浦で鮎を釣って戦勝に兆しをした
日本書記の話を財際にした山です。
山鉾を飾る日本三景を描いた前懸、
胴懸などが特徴です。


「霰天神山(あられてんじんやま)」



昔々、京都に大火があった折、
季節外れの霰が降り火が治まった。
その時、
霰と共に降りてきた天神象を祀ったのが
この山の起源とか・・・。
櫓の上に朱塗り極採色の塀をめぐらし
春日造りの社殿を安置しています。
ご利益は雷除けに火除け


稚児人形が舞いながらやってきたのは
「放下鉾(ほかほこ)
鉾頭は日、月、星の三つの光が
下界を照らす形をしています。
形が州浜に似ているので「すはま鉾」
と言われています。
ご利益は厄除け
くじ取らずです。



過去は稚児が載っていましたが
現在は稚児人形による
稚児舞が見られます。
稚児人形の名前は
「三光丸(さんこうまる)」
優しい顔の京人形です。























絶えず車輪を調整して進みます







放下鉾の見送り
見送りとは
(鉾の後ろに架かっている絨毯)


「岩戸山」



国産み、天の岩戸を題材にしています。
ご利益は開運











国生みの神話に出てくる
伊弉諾尊(イザナギノミコト)を
屋根の上に祀っています。




最後尾は「船鉾」
神功皇后の出陣を題材にした鉾です。
くじ取らずです。
ご利益は安産



















途中飛ばしましたが前祭は
23基の山鉾巡行でした。

巡行の最後に御池通り新町で
長刀鉾のお稚児さんが下ります。
間に合うように急ぎます。






Last updated  2019/08/11 08:51:50 AM
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2019/08/09
カテゴリ:祇園祭・八坂神社

















上の写真のトップが「太子山」
聖徳太子を祀っています。

自ら良材を求めて山に入り
大杉の霊木を教わり六角堂を建てたという
伝説に基づきます。
松を立てる山がほとんどですが
山に杉を立てています。




「保昌山(ほしょうやま)」
紫式部のために
紫宸殿の紅梅を手折ってくる
平井保昌の姿を再現しています。

明治初年までは「花盗人山」と
呼ばれてていたそうです。

好きな方のためとはいえ
花を手折って来てはいけませんね。
ご利益は縁結びです。




「鶏鉾」
古代の中国で太平の世が続き
訴訟用の太鼓の用がなく、鶏が巣を作った
という故事を題材にしています。
真木に鶏の巣が取り付けられています。
ご利益は厄除け







山鉾の巡行中は車輪を
絶えず修正させながら進みます。



下の写真の左端に少し見えていますが
トロイの王子と妻子の別れを描いた
16世紀のベルギー製の見送りは
重要文化財です。




四条傘鉾
滋賀県甲賀市の瀧樹神社に伝わる
「ケンケト踊り」とお囃子が
再現されています。
子どもたちが躍ります。








孟宗山(のうそうやま)
中国の史話に登場する孟宗が
病気の母の好物の筍を雪の中を探し、
掘り当てて
母をよろこばせたという話が題材です。








ゆらゆらと月鉾の登場です。



天王座は夜と水の神、月読尊です。
鉾頭は三日月、
鉾の高さな26m、
重量も一番重いとのことです。



以前はお稚児さんが乗っていたそうですが
現在は
稚児人形の「於兎丸(おとまる)」です。







月鉾ですから鉾の前後、
屋根の下の破風板にうさぎがいます。
左甚五郎の作と言われています。

屋根には三本足のヤタガラス!
太陽の使いとされています。







手前から
孟宗山、四条傘鉾、白楽天、鶏鉾です。
このあと
少し飛びますが最後の船鉾までを…。






Last updated  2019/08/09 09:50:18 AM
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