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大阪で水彩画一筋

Andrew-Wyeth雑感 NCWyeth

アンドリューワイエス雑感(父と子)

 アメリカの画家、アンドリューワイエス(1917~2009 )に
ついての拙い文章です。私は美術評論については全くの門外漢、時間の
ある方はお読み下さい。

 現代のアメリカでアンドリューワイエスほど多くの人に知られている
画家はいないでしょう。日本をはじめ他の国でもその哀愁のただよう
風景と卓越したリアリズムは多くの人を魅了しています。中学校の教科書
に載っている絵画といえばダビンチやデューラー、セザンヌ、ゴッホ、
そしてアンドリューワイエスの絵が載ることも珍しくありません。

 私がワイエスの画集を手に入れたのは20数年前に偶然でしたが、
仕事上油絵を描く時間がなく水彩画を目指していた時期でした。
その画集から水彩画が油絵の練習ではなく、むしろ未知の可能性に
満ちた、そしてとめどもなく奥深いイメージを表現できる媒体だと
教えられ、幾度もワイエスの水彩を真似したものです。

 第1次世界大戦の後のアメリカの好景気があっても当時の人々は
絵画芸術の中心は欧州でありアメリカはとても美術史に残るような
画家は出てこないと信じていました。

 アメリカの風景の薄っぺらさ、深みのなさ、積み重ねのない文化的
土壌、大きな劣等感が大勢を占めている時代です。アメリカンリアリ
ズムというヨーロッパの風景ではなくアメリカ独自の風景を生真面目に
描く絵画がありましたが、当然評価は高くありません。

 アンドリューワイエスの突然の人気と成功は多くの評論家にとっても
以外で不可解なものでした。リアリズムはもう時代遅れの戻ってこない
古い絵画のはずでした。「20世紀の奇跡」と歓迎される反面「巧みな
イラストレーター」という相反する評価をされる画家でもあります。

 私は「リアリズムの画家」とか「運のよい成功者」とか言った見方では
なく独自のその絵画からうける印象を中心に書き記してみたいと思いました。
 その絵画の特徴、寂寥感とリリシズムはどこから来たか?確信ともなる
きっかけはアンドリューワイエスの気質に起因する幼少期の体験にあります。 
 孤独、寂しさ、人々の無理解、彼の文章にはよく上手く集団に溶け込め
ない性格が随所に現れています。

 その絵画への人生観の反映は他の画家よりかなり大きいものがあります。
 I was alone.という言葉が彼の文章によく出てきます。鑑賞者が私の
絵に哀愁を感じるのは現代人が「孤独でいる術を失った証拠?」と
述べています。

 アンドリューワイエスを語る上で重要な要素になるのが「父と子」
の関係です。父、N-C-ワイエスは全米で有名なイラストレーターでした。
 「父と子」の関係は「愛情と葛藤」「尊敬と畏怖」といったギリシャ
神話以来、人にとって深刻なテーマとなって現れます。

 父が大変偉大な存在である場合、その二代目は多くはそのプレッシャー
からか後世に残るような、父に負けないような偉業を残すことはまれです。
 しかしアンドリューはとことん父を尊敬していました。その文章からは
父との相克は予見できません。順調にその才能は父から子に受け継がれた
のでしょうか?

 代わりといっては何ですがよく似た境遇の芸術家を知っています。

 それは日本の彫刻家高村光太郎です。幸いに高村光太郎は文才もあり
その時の心の葛藤を克明に記述しています。もちろんアンドリューの
父は早くに他界し光太郎の父は長命、あるいは背景の文化形態も違うから
単純に比較は無理ですが父が偉大であり、その子供はさらにそれを超える
ほどの位置にたどり着くという珍しい類似点があります。そして何より
「Father was my only teacher」(父は私の唯一の教師です。)という
アンドリューワイエスの言葉は二人の子供に共通しています。

両者の父は行動力があり交際範囲が多岐にわたる、当時の社会から最高級
の評価を与えられその実力もある、いわゆる「動」の芸術家であります。
 一方その両者の子供は群れをなさず権威を嫌う、行動範囲が限られた
「引きこもる」タイプの芸術家で一見脆弱な感じがします。何があっても
「自分の小さな世界をかたくなに守る」、何かをその内に秘めたタイプ
の「静」の芸術家です。

 私のこの文章はその高村光太郎の残した文章とリチャード・メリマン
著作本を引用しています。



続く


 


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