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2017年12月31日
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2017年の大晦日。

ふと、母方の祖母について書いてみたくなりました。

前に興津の守谷にあるゲストハウス「お茶の間」さんについて書いた時にも

少し書きましたが、改めて…。

小さい頃、おばあちゃんは興津の借家(後から知りましたが)で

一人暮らしをしていました。

僕は二駅離れた『安房小湊』で生まれ育ちました。

たった二駅しか離れていませんが、おばあちゃんの家に遊びに行くのは年に数回、

お祭りの時やお正月、夏休みに遊びに行く、身近な田舎という感じでした。

おばあちゃんは、よく歩く人でした。

僕と弟を連れて、近所の田んぼや池、卓球台なんかがある小さな娯楽施設、

とにかく歩いて出かけました。

一応バスも走っていましたが、おばあちゃんと出かける時に使った記憶は

ほとんどありません。

おばあちゃんはよく笑う人でした。頭の回転が速いのかちょっと早口でしたが、

よく冗談を言って、僕と弟を笑わせてくれました。

おばあちゃんが怒ったところ、愚痴を言うところ、人の悪口を言うところ、

あまり記憶にありません。

記憶は美化されると言いますが、おばあちゃんの言動から

負のオーラを感じたことはありませんでした。

贅沢、という言葉からも縁遠い人でした。

僕が遊びに通っていた頃、家の調度品で変わったものと言えば、

当時は大きいと思ったブラウン管のテレビです。

これも自分のために買ったというよりは、時々遊びにくる僕たちが退屈しないように

買ったのではないかと思います。

だっておばあちゃんが家にいる時の姿で、今も記憶に残っているのは

小さな黒いラジオの前で、図書館から借りてきた本を読む姿なんです。

テレビをぼーっと見ているなんて姿は、ついぞ記憶に残っていないのです。

ラジオや本から得た知識なのか、おばあちゃんはあれやこれやと話をしてくれました。

夜寝る時、僕たちがなかなか寝付けずにいると、決まって昔話をしてくれました。

話の内容は全く覚えていませんが、とにかく面白かった記憶があります。

今にして思えば、昔話、小説、もしかしたら落語なんかも組み合わせて

僕たちに話すために、物語をこしらえてくれたのかもしれません。

今なら、スマホのボイスメモとかに録っておけたのになあ…

ホントにお金を使わない人でした。だからといって、ケチって感じはしないんです。

生活は必要最低限のものがあればいい、そういう人でした。

改めてそれを知ったのは、母が闘病中の時でした。

うちの実家の商売が苦しい時、興津のおばあちゃんはポンと数百万円くれたんだそうです。

病床で母は、「どうしてあんなにお金を持ってるかビックリしたけど、

       たぶん年金を使わずにいたんだろう。母らしい…」としみじみ言っていました。

今にして思えば、クリスマスや年末、そんなイベントとは関係なく、

興津のおばあちゃんに会いに行けば良かったと思います。

おばあちゃんの言うことは大抵正しかったなあ。

僕と弟の折り合いが悪かった頃(僕が一方的に弟が苦手だった時期があるんです)

おばあちゃんはがんを患って、入院していました。

そのお見舞いの時、「兄弟仲良くね」と言ってくれました。

僕はその言葉にうなずくことが出来ませんでした。ほんと我ながら馬鹿でした。

もっともっとおばあちゃんと話がしたかったなあ。

実家がある方、両親、祖父母が居る方、大晦日、お正月、ぜひ色々話をして欲しい

そう思います。

何だかとりとめのない話ですみません。

それではよいお年を!

2017年、ありがとうございました。






最終更新日  2017年12月31日 20時04分50秒
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