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カテゴリ:ワ・タ・シのこと
父は、原爆の1日前に広島を出て、いのち長らえた。
だから、いま、ここに私がいる。 逆に、たまたま、あの日広島を訪れて、亡くなった方も多いだろう。 その違いは紙一重 沖縄戦や、特攻隊や、地震・大津波、水害の被災者にさえ、 「なぜ私が生き残ったのか」と問い続ける人たちがいる。 私たちの生は、 祖先たちの数え切れぬ分岐点(死か生か)を経ての現地点だ。 お盆 父母の墓前に立ち、 遠からず、自分もここに、と思う時、 今ある奇跡を胸に刻んで ささやかにできることを続けていこう。 振り返れば(半世紀!) 何をする気にもなれず、自分が無価値無意味で、 ただただ、天井をにらんでいた時期があった。 あの時間もまた、私には必要だったのだ。 ゴール地点を目前に、柄にもなく走ってみる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年08月13日 11時43分05秒
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