運
父は、原爆の1日前に広島を出て、いのち長らえた。だから、いま、ここに私がいる。逆に、たまたま、あの日広島を訪れて、亡くなった方も多いだろう。その違いは紙一重沖縄戦や、特攻隊や、地震・大津波、水害の被災者にさえ、「なぜ私が生き残ったのか」と問い続ける人たちがいる。私たちの生は、祖先たちの数え切れぬ分岐点(死か生か)を経ての現地点だ。お盆父母の墓前に立ち、遠からず、自分もここに、と思う時、今ある奇跡を胸に刻んでささやかにできることを続けていこう。振り返れば(半世紀!)何をする気にもなれず、自分が無価値無意味で、ただただ、天井をにらんでいた時期があった。あの時間もまた、私には必要だったのだ。ゴール地点を目前に、柄にもなく走ってみる。