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フランスのすみっこに暮らす

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にっぽんのこと

2021.06.18
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カテゴリ:にっぽんのこと
フランスの我が家の地域は雨が続いている。

予報を見ると、今後一週間雨予報で気が滅入るが
私の周りのフランス人たちは、天気予報なんて当てにならないわよぉ~
だってフランスの天気予報だもの~
と笑い飛ばす。

ほな何を信用したらええねん。。。。

そう思うが、実際にこちらの天気と付き合っているうちに
そうやな、フランスの天気予報は大まかな天気予報やなと
諦めることができるようになった。

プランターに色々な種を植えたばかりだから
早く晴れてほしい、、、、先日芽をだしたばっかりのアボカドも
太陽を待ち望んでいる、、、、、、、、、と思う。





さて、フランス時間の朝5時
ピコーンピコーンとラインが立て続けになって
目が覚めてしまった。

見ると日本の母から『緊急速報!』と題してきたから
なんやなんやと慌てて開いてみたら
『6月23日にワクチン接種が決まりました』とある。

あれ、はやいな?
そう返したら、公務員で幼教に携わっている母は
市が優先接種に設定した保育従事者の枠で接種することになったらしい。

若年層と違って、重症化するとリスクの高い60代の高齢者な上に
ひとところにはじっとしてられない性格の母には
一刻も早くワクチンは接種してもらいたいと思っていたので良かったが、

これで、ママはどこにでもいけるよー♡

そう浮かれてる母親のラインに

アホちゃうか、そんなわけないやろ。
まだまだアカンで。
もうちょっとじっとしてなアカン!!

慌てて諭す私と妹。

やれやれである。






最終更新日  2021.06.21 19:38:40
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2021.04.09
カテゴリ:にっぽんのこと
昨日につづいて今日も朝方に日本からのライン電話。
新しく我が家のサロンに仲間入りしたローリエに水をやりながら




時差って知ってる?
今、朝の6時なんやけど、、、、(おきてるけれども)

このセリフをまさか2日続けて言うことになるとは。
(昨日の朝に母からも電話が、、、、)

文句を言いながら電話に出た私に、架けてきた妹は

おねーちゃん、おばあちゃん(母の母)のキャッシュカードの暗証番号何番?

はい?
なんで?
〇〇〇〇やけども。

おばーちゃんいつも自分でお金出してるから分かるはずやけど、、、と思いながら
でも、背後でおばあちゃんの声もしてる、、、

それがなー、2月まで毎月引き出してたんやけど
3月緊急事態宣言で家出るの控えてたから現金も必要なくて
一か月出してなかったら分らんくなったってゆーてんねん。

で、既に一回ロックしてしまったみたいで
さっき私と郵便局行って解除してもらってん。

でも、おばーちゃんが思い出したっていう番号押してみても
番号違うって言われんねん。

既に2回入力してしまったから、もう次は間違えられへんし
さっき解除してもらったばっかりやのに、またロックなんてなったら怒られるわー

と妹がまくしたてる。

ここにもコロナの影響が、、、、と背筋が寒くなった。

老人にとって、頭や口を使う機会が少しでも減ってしまうと
こんなにスピード早く物事を忘れてしまうんやと。

家族も感染には気を付けながら買い物に連れてったり
私も頻繁にメールしたり、毎週電話したりして
話し相手になってるつもりだったけど、やっぱりそれでは足りないようで

老人と距離をとらなあかんと言われてるこのご時世で
距離を取るがゆえに、もしかしたら認知症が進んでしまうかもしれない。
その認知症の先を考えた時に、コロナでころっと逝くのと施設の中で
閉じ込もって自分の認識もままらない状態で長生きするのと
本人にとってはどっちが幸せなんやろう、、、とか不謹慎な事を考えてしまう。

もちろん、コロナは感染するものやし
人に移す危険や医療スタッフへの負担や危険もあるから
こんなことは考えてはいけないし、現実にはできないのは頭ではわかってるけれど

愛情いっぱいに私を育ててくれたおばあちゃんには
元気なうちはたくさん楽しいことをして笑っててほしい。

せめて次の電話ではもっと長電話しよう。

そう思うのでした。






最終更新日  2021.04.09 17:56:24
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2021.04.08
テーマ:介護(287)
カテゴリ:にっぽんのこと
天気がいいので近所を散歩していたら、日本にいる父親からライン電話がかかってきた。
他愛もないことを話すときの方が多いのだけど、今日は相談があって、、、、とのこと




なにー?と話を聞いていると、祖母(父の母)についての相談だった。

私には85歳になる祖母がいて、自立型老人ホームに入居している。
定年退職した父親がほぼ毎日様子を見に行って、洗濯物を新しいものにとりかえたり
話し相手になっているけれど、このコロナでほぼ外に出たり
外部の人と話す機会が減ってしまい、どうにも認知症が進んでいる様子。

基本、おばあちゃんはとてもおとなしくて
とってもかわいい人なのだけど、たまに何時もと違うことをすると
彼女の中のサイクルが狂うのか、徘徊してしまうことがある。

3日前も、久々に施設の人と少し遠くまで散歩をしたからか
勝手に施設の外にでてしまう寸前でスタッフの人に見つけてもらう、、、みたいなことがあった。
それが2日続けてだったので、施設側から
『セコムのみまもりシステムつけてもらえませんか?』と依頼があった。

通常どおりであれば、数日徘徊すれば元に戻って徘徊しなくなるのだけど
施設側も、コロナでスタッフの出入りを制限している中で目が行き届かない時もあるらしく
念のために、、、、ということらしい。

『パンフレットもらってんけど、どうしよう?』との父に
ざっとネットで調べた私は『それで安心が買えるならええんちゃうか』と伝えた。

施設に勧められたシステムは『ココセコム』というシステム。

キーホルダーよりも一回り程度大きい様子のGPSで
身につけておけば、セコムが位置を把握してくれるというもの。

色々オプションはあるみたいだけれど、
おばあちゃんどこ行った!?となったときにセコムに電話したら
GPS情報で場所を教えてくれるらしい。

問い合わせ1回につき200円、セコムさんの応援を要請した場合は1時間につき1万円。
これがなければ、初期費用4000円(ネット申し込み料金)の月額費が1200円。
これが最低限の料金プランだった。






毎日身に着けるので、替えのバッテリーや充電器も必要。
正規で購入すると少し割高だったので、メルカリを調べてみると
バッテリー3個と充電器のセットで1400円で見つけたので
急いで妹に購入してもらって解決。

早速電話で申込しようとすると番号はフリーダイヤルで、フランスからはかけれないから
明日に父親が電話して申し込むことになる。(市外局番は架電が可能)

『〇〇っていうプランの、1200円のやつね。
オプションはいらんっていうんやでー
ここにかけて申し込んでなー』と細かく指示する私。

こういう時、海外にいる自分の立場を改めえて考えてしまう。
父親も年老いてきて、こういう新しいシステムには理解に時間がかかるし
判断も難しい。

メルカリの購入1つでさえ、海外からは購入できないから
忙しくしている妹に頼むしかない。

せめておばあちゃんが生きてる内は、、、と旦那をフランスに残して
日本で踏ん張っていたけれど、体は元気なおばあちゃんはまだまだ生きそうで
それは嬉しいことなのだけど、何かあったときに手助けができないのは
こんなにもどかしい。

以前は全く問題にならなかった親や家族のこういう場面に直面するたび
私自身も年を取っている証拠なのだなーとも思う。






最終更新日  2021.04.09 00:17:43
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2021.03.18
カテゴリ:にっぽんのこと
昨日に飛び込んできた日本に住む友人からの陽性の知らせ​から一日。

友人は、三人の小さい子供を抱えるシングルマザーなのだけれど
濃厚接触者だった子供たち3人と子育てを手伝っているご両親は何れも陰性やったと連絡が来た。

ホンマに良かった。。。。。

友人は、

ほっとした。。。
しばらく離れ離れで心配やけど、少なくともこれで治療に専念できるわ。

と、笑っている絵文字を文末に着けて言っていたけど
本当に心配やったやろうと思う。

フランス時間の夜遅くに、またピコンときたメッセージには

こんなに長い1人時間は久しぶり過ぎて、何したらいいのからへんし
息苦しいから、寝るのが怖くて寝られへん。
患者さんが、不安になってナースコール押す気持ちがわかるわー

と書いてあった。

遠く離れた私に今唯一できることは、今1人時間を不安で過ごしてる友人と
他愛もないメッセージのやり取りを続けることかなと思う。


昨日近くのオーガニックスーパーへお買い物に出かけたら
初物のイチゴが売られていた。




まだまだ甘くはないと思うけれど、色がキレイできらきらしていて思わずひと箱を購入。
コロナと戦っている友人と行ったいちご狩りを懐かしく思い出す。
その写真を送りながら、

またいこな!治療がんばるんやでー!

と励ます今日なのでした。






最終更新日  2021.03.18 16:39:54
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2021.03.17
カテゴリ:にっぽんのこと
昨日、ピコーンとフランス時間の朝にインスタグラムのメッセージが来たと思ったら
日本にいる長年の友人からだった。

友人は病院で働いていて、3人の子供をかかえるシングルマザー。
彼女の両親の手助けが得られてるとはいえ、毎日目が回る忙しさなので
いつも連絡を取り合うのは日本の深夜、フランス時間の昼過ぎが多い。
だから、フランス時間の朝に連絡が来たことに珍しいな、、、と驚いていたら

さっき、コロナのテスト受けてきてん

とのこと。

関節の痛みと少しの熱だというので、コロナじゃない可能性もあるかもしれないなー
と返したら、彼女の働く病棟で2人のコロナが出た直後なのだという。

あぁぁぁぁ、、、、、それは、、、、、と思っていたら
翌日、やっぱり陽性やったわーと。

子供たちとご両親は濃厚接触者にあたるので、現在テスト中なのだとか。

彼女は今日になって肺が少し痛むとのことで入院することになって
子供たちの事が本当に心配やと言った。

子供の父親の助は得られないから、子供たちが1人でも陽性やったら
高齢の部類に入るご両親にも預けられない、、、とうしよう、、、と。

こんなに手助けできない状況がもどかしく思ったことはない。
体調が悪い大切な友人に、安心して!私手伝うよ!と言ってあげれれない。

どうか子供たちとご両親が陰性でありますようにと
願うばかりの今日なのでした。








最終更新日  2021.03.17 17:50:29
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2021.03.12
カテゴリ:にっぽんのこと
関西人ならだれでも知ってる夕方の番組『ちちんぷいぷい』

学校から帰ってきてテレビをつけたら、いつもやってる番組で
なんとなーく見ることが多くて、それが当たり前だった。

それが今日、21年を経て最終回を迎えていた。




フランスに来てからも、スリングボックスというテレビを転送してくれる機械のお陰で
関西の実家と同じ番組が見れるから、
フランス時間で朝起きてテレビを付けたら丁度この番組で、、、
ホームシックにならずにここまでこれてるのも、この番組のお陰だったと思う。

番組内のコーナーで『昔の人は偉かった』というアナウンサーとタレントさんがコンビを組んで
東海道を歩くっていうコーナーも大好きで、これが見れなくなると思うと本当に淋しいけれど
今日のコーナー最終回がとってもよかったから満足です。

長い間ありがとうはこちらこそですよと
テレビに向かってぼそっとつぶやいた朝なのでした。


↓↓自宅のテレビに設置したら離れた所でもテレビが見れる機械はコレ

Sling Media Slingbox M1 HDMIセット スリングボックス SMSBM1H121






最終更新日  2021.03.12 18:33:35
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2021.03.11
カテゴリ:にっぽんのこと

2011年3月11日




東京の江戸川区でちょこっとアルバイトをしていた私。
14時過ぎに午後の休憩を少し取っていて、その際に小さな地震を感じた。
その時は、数日前から小さな地震があるなぁ、、、と思っていて
まさかその数十分後にあんな大きな地震に遭遇するとは。

14時46分頃、あまりの激しい揺れにびっくりして
近くにあった台車に乗せられた大きなコピー機が、部屋の隅へ転がっていく様子を
ただただ眺めていたように記憶している。

地震があまりに大きかったので、その日のアルバイトは一旦解散となって
帰宅しようとすると、JRが停まっていた。

そのうち復旧するよ、少し待とう。

そう言いながらその日一緒に働いていた人と駅前のカフェへ。
カフェでは、ガスが停まってしまったので
電気で温めることができる飲み物位しか出せないんですと言われ
かまいませんと言って紅茶を頼んだ。

1時間程度過ぎた時、まだ電車動かないねぇ、、、という話をしていたら、
隣のテーブルに座った日本語ペラペラのインド人らしきのおじさんに

今日はもう動かないって駅に紙貼ってあったヨー

と言われた。
そこで初めて、そんな大事なのかとびっくりした。

外に出てみると、おびただしい数のスーツ姿のサラリーマンが千葉方面を目指して歩いていて、
私も歩く覚悟を決めた。

当時の住まいは千葉県の津田沼。
ここは東京都だけど、江戸川区だし江戸川を超えたらすぐ千葉県の場所。
いけるいける。

その日一緒にアルバイトをしていた人のお家は少し遠かったから
よかったら一緒にウチ来ませんか?と声をかけて
一緒に我が家を目指した。

1人で歩くのではなかったから、とても心強かったのを覚えている。

3月だったけど、とても寒い日で寒い夜だったから
江戸川を超えるのが本当に辛くて
寒さに震えながら、歩きやすい靴を履いていた偶然に本当に感謝した。
みんなで声を掛け合って歩いた。
近くを歩いていたサラリーマンのお兄さんは、15時過ぎに銀座を出て歩いてきたとか、
そんな話をしながら。

夜中、途中トイレ休憩がしたく大きな病院を見つけて立ち寄った。
そこは、ロビーが解放されていて炊き出しや毛布が貸出されていた。
少しだけ暖を取らせてもらうことにして、そこで初めてテレビを見た。
気仙沼の火の海が写っていて、津波の映像が流れていた。

とても大変な地震だったんだと、地震の大きさを認識した瞬間だったと思う。

今考えれば、どうしてだかわからないけれど
次の日は夜勤だから、、、、その気持ちが強くて
ひたすら歩いてた気がする。

家に到着したのは夜中2時頃だったか、、、
6時間程度歩いて疲れ果て、その夜は
余震で揺れて地震を知らせるアラームが耳元で鳴り響こうとも、疲れて目を開けられなかった。

次の日はいつもなら40分で行ける職場まで2時間かけて行って
夜勤をして、次の日から職場のクローズが決まったので
新幹線で関西に帰った。


10年たってもこれだけ鮮明に覚えているし
あの時の事は忘れられない。

あの時一緒に歩いた人とは、その後も連絡を取り合うようになって
去年、一緒に大阪で1万人の第九を歌うという偶然もあった。
今では大切な友。

そんなことを遠いフランスで思い出す今日。






最終更新日  2021.03.12 19:26:24
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2021.01.18
カテゴリ:にっぽんのこと
26年前の1月17日
まだ小学生だった私。

当時住宅地の一軒家に住んでいた。
兵庫県ではなく、隣接県だ。
一軒家の二階、二段ベッドの上の段が私の寝床。

その日は数日前からインフルエンザで寝込んでいて
いつもベッドの下段に寝ている妹は、うつってはいけないからと一階で両親と寝ていた。
ただでさえ、部屋にポツンとひとりでさみしい一晩を過ごしていたその時

とても大きな揺れに襲われた。

ベッドのすぐ横にあった玄関の吹き抜けに通ずる小さな窓が
大きな音を立てて揺れ、階下ではガシャーーーンと何かが割れる大きな音。
勉強机の本がすべて床に落ちて、寝ている二段ベッドは今にも支えが折れそうに軋んだ。

あまりの恐怖に、泣きながら大声で母親を読んでいたのを覚えている。


阪神淡路大震災だった。


兵庫県伊丹市に住む母親の叔母家族と連絡が取れず
夜明けと同時に両親が食料や毛布や燃料をもって軽トラックで飛び出していった。
皆無事だったと連絡をもらうまでは、急遽私と妹の面倒を見るために来てくれた祖母と
気が気じゃなくテレビとにらめっこしながら待っていた。

私は記憶力が本当に悪く
過ぎたことはすぐに忘れてしまうたちで
例えば、高校のクラスメイトは三年間机を共にしたはずだけれど
一部の仲の良かった友人以外は、殆ど記憶に残っていない。

そんな私がここまで鮮明に覚えているということは
本当に恐怖だったのだろうと思う。

隣接県でもこうだったのだから
神戸の人たちの恐怖はいかばかりだったのか。

こんなに遠くに来てしまったけれど、今日はあの日の事を思い出して教会に行った。





フランスのすみっこから神戸の為に祈りたいと思う。






最終更新日  2021.01.18 07:55:40
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