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マックス爺のエッセイ風日記

全4510件 (4510件中 1-10件目)

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2019.10.23
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カテゴリ:写真
<影であそぶ>

       
                  <秋晴れの家>

     
                 <階段と居間>

  
               <和室1と朝日>

  
               <和室2と夕日>

  
                <居間その1>

  
                 <洋室1>   

   
              <左=洋室1 右=洋室3>

  
                 <居間その2>

  
            <洋室1の壁に映るカーテンの影>

  
            <デスク横の窓から射し込む朝日>

  
        <居間の窓辺に置いたオリヅルラン(折り鶴蘭)>

  
            <居間のカーテンの光と揺らぎ>

   
       <キッチンの裏口(左)とわたしの影法師(右)>

   
       <居間のカーペットに映るわたしとカーテンの影>

    
         
            台風の日に下ろした居間のシャッター

     

            そして再び光が復活した日
 晴れ家 こんな風に、室内の光線の変化を楽しんでいる爺です。
 そして、もしも体調が良くて早く起きられた場合は遠出をし、帰宅は夕方過ぎになります。コメントへの返事が遅くなりますがどうぞご容赦を。歩く人足跡






最終更新日  2019.10.23 00:00:19
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2019.10.22
<宮城県の土偶>

  

 さて再び土偶の話に戻る。東北歴史博物館で開催された特別展『蝦夷 ~古代エミシと律令国家~』(11月24日まで開催中)を観るのが目的だったが、企画展「宮城の土偶」にも興味があった。65枚ほどの土偶の写真を撮った。あえて4回に分け、その間隔を開けた。理由は専門的な内容の記事を4日連続では飽きると思ったのだ。それで土偶同様にバラバラに分けた次第。ショック

           

 それで写真の説明も簡単にした。到底専門的なことを書く能力がないからだが、こんな地味なものにも読者が関心を持ってくれただけで嬉しい。明らかに縄文人は私たち日本人の祖先。その遠い祖先たちが、なぜこのようなものを作ったのか。それを感じ、考えてもらえたら嬉しい。それが私の願いだ。

  

 縄文土器は世界で最も古い土器と言われている。彼らが作った土偶にも、彼らの宗教性や思想が強く反映されている。今よりもずっと人口密度の薄かった時代に、人々は肩を寄せ合うように協力しながら暮らしていた。

       

 それで平均寿命が37歳と言う、彼らの生活が維持出来たのだ。37歳は短いと思う人が大半のはず。だが数十年前までのインド人の平均寿命は40歳以下。女性は15歳くらいで結婚し、30歳くらいでお婆さんになるのが普通だったと聞く。

  

 子孫繁栄と健康を祈って土偶を作り、自らの身代わりにせっかく作った土偶を壊した。壊すことによって人は長生きし、幸せを得る。現代人から見たら不思議な感覚だが、後の人形も全く同じ思いで作られたことは既に書いた通りだ。

            

 こんなあどけない顔をした土偶を作る縄文人の凄さは、当時から既に広範囲の交流をしていたことだ。青森市の三内丸山遺跡には、北海道から矢じりやナイフの材料になる黒曜石(こくようせき)が、岩手県からは琥珀(こはく)、秋田県からは接着剤になるアスファルト、そして新潟県からは翡翠(ひすい)が届けられている。もちろん当時は丸木舟しかない。その小舟で海を渡っていたのだ。

  

 もっと驚くのは釧(くしろ=腕輪)の材料であるイモガイやゴホウラガイなどが遥々運ばれて来たことだ。それらは沖縄近海でしか獲れない種類の貝。そして沖縄の宮古島でも縄文土器が発掘されている。そのことでも縄文人の能力の高さが分かるだろう。

      

 私たちが習った縄文人は、採集生活をしていたと言うことだった。男は海で魚や貝を獲り、山では獣や鳥を獲った。その間女たちは機を織り、木の実を拾った。そんな風に教えられて、縄文人のイメージが定着していた。

  

 だがその後の研究で、縄文人が作物を栽培していたことが分かった。粟(アワ)や稗(ヒエ)などの穀物や荏胡麻(エゴマ)なども。そして食料として確保するために大規模の栗林(三内丸山)や、塗料や接着剤としての漆(ウルシ)の栽培(八戸市是川遺跡)も確認された。

       

 さらに驚くことに、これまで弥生時代から始まると考えられて来た稲作が、実は縄文時代から行われて来たことが分かっている。ただし、水稲ではなく陸稲(おかぼ=焼畑による)なのだが。その可能性について、私は23年ほど前の職場の研究者から話を聞いていたが、まさか本当だったとは。

  

 そして弥生時代の始まりも、これまでより500年も古いと考えられることが分かって来た。それに加えて分子生物学の進展。DNA解析によって人類の遺伝子がほぼ正確に確認され、祖先が辿った道のりまでが判明し出した。ただし男子と女子とでは判別出来る遺伝子の型が違うのだが。

             

 いやはやとんでもなく話が脱線したようだ。私は夢中で土偶の写真を撮りながら、一抹の寂しさを感じていた。それは宮城の土偶は少し貧弱なように感じたからだ。八戸市是川遺跡の合掌土偶(下A)、青森県亀ヶ岡遺跡の遮光器土偶(下B)のような凄さはない。それに新潟県の火焔型土器(下C)のような物凄いエネルギーの土器も県内では見つかっていないからだ。

    
      A           B            C

<参考資料> A合掌土偶(青森県八戸市是川遺跡出土)
       B遮光器土偶(青森県亀ケ岡遺跡出土)
       C火焔型土器(新潟県立歴史博物館所蔵) いすれも国宝または国宝級のものです。

          

 でも他県の遺物と比較する必要もないだろう。それらの地区は縄文時代の先進地帯だったのだ。それだけ海流を通じての交流があったのだろう。だがこの土偶を見直したら、ちゃんと服を着ている。まんざら劣っているわけでもないだろう。そう思うことにした。

  
      

 そしてちゃんと遮光器土偶になってるもの(上)や、ユニークなハート形の顔の土偶(下)もあるしね。ちなみに「遮光器」と言うのはイヌイット(かつてはエスキモーと呼ばれていた民族)が雪の反射光を避けるためにかけている「眼鏡」に似ていることからの命名。

  

 そして展示室を出てから驚いた。なんとそこには「撮影禁止」と書かれていたのだ。前回は撮影許可だったのですっかりその気になっていた自分。しかしなぜ撮影禁止なのかが分からない。撮影して困ることがあるのだろうか。展示品が各市町村からの借り物だからなのか。論文が未発表のためなのか。著作権があるとも思えないし、逆に良いPRになると私は思うのだが。とも角ここは謝っておこう。ショック<完>






最終更新日  2019.10.22 09:58:56
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2019.10.21
カテゴリ:生活雑記
~わが日常+スポーツ~

  

 「ピンポーン」。玄関のチャイムが鳴って出て行くと、Kさんの奥さん。今年の班長だ。「明日の防災訓練は大雨のため中止になりましたので、黄色の旗を出さなくて結構です」。「はい、分かりました」。そう答えたものの、心の中では「あららら」とつぶやいていた。カレンダーにはメモしていたものの、頭からはきれいさっぱり消え去っていたのだ。

        

 その日、Y旅行者からの封筒が届いた。「おかしいなあ、今頃なんだろう」。私は不思議に思った。ところが中身を開けてみてビックリ。月末に行く旅行の案内だった。「ああ、あれは今月だったのか」。来年1月の大連旅行のことが頭にあって、今月の出雲大社ツアーのことをすっかり忘れていたのだ。そうか、これなら何とかなりそうだ。私がそう思ったのには訳があった。

  

 この日は朝から体調が悪かった。血圧は高く、薬を飲んでも変わらないまま。おまけに体がやけに揺れた。眩暈ではなく、腰がふらふらするのだ。1か月以上続いていた腰痛。運動不足の上に体操すらしない毎日。そのせいで姿勢を保つ筋肉が衰えたのではないか。まさか腰椎分離ではないだろうが。それに頭の中に芯が出来たような感じがし、手先がやけに冷たいのだ。それで朝から暖房を点けていた。

       

 物の名前を思い出せない。あるいは思い出しても直ぐに忘れる。こんな状態では、翌週のハイキングは到底無理。そう感じてお世話役のKさんに急遽欠席のメールをしようと思ったくらいだ。先日内科へ行った際には、血液検査を受けた。7月から2か月ほどずっと体調不良のままだった。あの時もドクターには血液検査を申し出たのだが、なぜか取り合ってくれなかった。私は不調時のデータを確認したかったのだが。

  

 木曜日の俳句教室の日の体調はまあまあ。提出した兼題の3句にもまあまあ自信があった。だが講師の反応は今一。私にもそうだが、教室の空気が全体的に重たい。体調が良くないのか、いつもの鋭さに欠ける講師。来月の兼題は「初冬や」と「立冬や」に決まった。これなら「十月や」よりはまだマシな感じで、帰宅後立て続けに10句ほどを詠んだ。作品のことは改めて書きたい。

       

 外に出していた植木鉢のうち、寒さに弱いものを室内に取り込んだ。最低気温が10度を割る日が出て来た。日中も20度に届かず、私自身も用心して厚着をしている。初めて抜いた大根で煮物を作った。葉は刻んで、練り物と一緒に炒めた。この他シチュー、野菜サラダを作る。体がふらついても、ゆっくりなら大丈夫。保険屋さん来てもらい、受取人の住所変更手続きをした。

  

 金曜日はプロ野球のドラフト会議があった。大船渡高校の佐々木投手は4球団の競合。残念ながらわが東北楽天は彼を指名したが結果的に逃した。彼は岩手県の決勝で投げなかった。監督の判断だ。無理して投げて優勝し、甲子園に行って連投したら肩を壊す。そうなったらプロに行くどころではない。その判断を私は支持したい。指名された選手、されなかった選手、戦力外通告を受けた選手。まさに天国と地獄だ。

       

 IOCとJOCの協議で、東京オリンピックの男女マラソンと男子競歩は、札幌での開催が決まった。理由は東京の猛暑だ。スタート時間をずらしたり、特殊な舗装をしたり、所々にシャワーミストを設けたとしても、選手への負担があまりにも大き過ぎると言うのがその理由。小池都知事は悔し紛れに「北方領土で開催したら」と悪態をつき、方々から非難を浴びる結果となった。先ずは選手ファーストだろうが。

  

 ワールドカップラグビー準々決勝の日本対南アフリカ。前半は懸命に堪えて小差でハーフタイム突入。しかし後半は南アフリカの怒涛のような前進の前に、日本は反則の連続となった。そして次々にトライとコンバージョンを決められ惨敗。きっと南アフリカはハーフタイム中に作戦を変えたのだろう。お疲れ様ジャパン。初めてのベスト8で終わったが立派だったよ。感激と勇気をありがとうね。ダブルハートスマイル






最終更新日  2019.10.21 06:36:04
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2019.10.20
カテゴリ:園芸・家庭菜園
<A公園の花を中心に>

  

    沼の傍の遊歩道の脇に、小さなコスモス畑がありました。

       

 その日はまだ台風が来るずっと前の頃で、こんな風にきれいな秋の空が広がっていたんだよね。

  

   ケヤキ林の中にはね、大きめの花壇が2つあるのさ。そこに近づいて。カメラ

      

  サルビアは少し褪せて来たけど、そのほかの花はまだまだ元気だねえ。さくらぽっ

    

     縦から横から斜めから。まあこんな風に花壇を撮るのも楽しいね。

  

 そして突然こんな風に、少々寂しげな写真も入れるのさ。穴の開いた向日葵の葉っぱと黒い種だよ。

        

         こっちはケヤキの樹を背景にした静かな風景を。

        

      そして再び花壇の花をズームすると、鮮やかな花が引き立つでしょ。さくらぽっ

     

    ここは区の公園課の管轄だけど、町内会の方も協力してるのかなあ。

       

     シソの仲間のコリウスが、一段と鮮やかな赤になりましたね。ダブルハートスマイル

  

      散策路の傍に咲くミヤギノハギ(宮城野萩)は、県の花です。

    

 芭蕉が「奥の細道」で弟子の曾良と一緒に仙台を訪れたのは五月。残念ながら有名なこの花は見てないのですよ。<不定期に続く>






最終更新日  2019.10.20 00:00:18
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2019.10.19
<一抹の不安>

  

 週末の雨が心配だ。もちろん先日大きな被害を出した災害地での雨だ。千葉の大停電を起こした台風15号は典型的な風台風。たくさんの電柱が倒れ、樹が倒れて未曽有の大停電を惹起した。一説によれば千葉県の杉は病気に弱いとのこと。木材としては売れないことも、山林に手が入らない理由となり、倒木につながったのかも知れない。私は漠然とそんなことを考えていた。

      

 一方台風19号は典型的な雨台風。それも100年に1度の規模での降雨量がもたらした災害だった。原因は猛烈な水蒸気が高い山々に遮られて巨大な雨雲となり、台風の速度が遅かったことが災いして集中豪雨となった。24時間降雨量が2か月分を越えた地区もあったとは驚きだ。日時の経過とともに明らかになった被害の大きさとその内容に、国民の多くが驚嘆したはずだ。

  

 私が住む仙台でも2人の死者と1名の行方不明が出た。1か所は普段は水深が50cmほどの小川。だがあの夜は4mほどにもなって、橋の上まで水が来ていたと言う。もう1か所は広瀬川の下流域で、河川敷には広大な耕作地があった。こちらはひょっとして川の増水状態を確認しに行ったのではないか。もし見に行かなければと思わずにはいられないが、残念ながら時間を止めることは出来ない。

       

 長野新幹線の車両基地が水没したことに驚いた。「ハザードマップ」では最大10mの浸水が予想される場所とのこと。千曲川の一部が極端に狭まっていたのが直接の原因だが。不幸にして予想が的中した感じ。長野マラソンを走った時に、河川敷にリンゴや桃の木がたくさん植えられているのを見たが、あれも原因のように思う。浸水の恐れがある新幹線の車両基地が全国で6か所はあるらしい。

  

 利根川や荒川が氾濫するんじゃないかと怖かった。ある方がブログに書かれていた。この2つの川は徳川家康が江戸に幕府を開いた際、河川の流路を変える大工事を行った。結果、利根川は東に向かって銚子が河口となり、荒川は西に向かわせて江戸の氾濫を防いだ。元は2本とも相接して流れ、東京湾に注いでいたのだ。それにしても多くの支流が注ぐ利根川が、良く氾濫しなかったものだ。

       

 それを救った一つが「首都圏外郭放水路」の存在。これは春日部市から江戸川へと緊急に雨水を流す地下水路で地下50mの巨大な暗渠。これが埼玉県東部を水害から守った。もう一つが群馬県の八ッ場(やんば)ダム。旧民主党の主張で工事が中止になるところを、間一髪で救われこの度完成した。貯水量がほとんどなかったところに今回の大雨。ダムが満杯になるまで頑張ったお陰で下流の氾濫が防げたのだ。

  

 本流の水量増加で支流の水が流れ込めずに氾濫した箇所もあった。下水の逆流による氾濫もあった。ダムの緊急放流が遠因となった氾濫もあった。鉄道、国道や県道などの流失や土砂崩れで輸送が不可能となり、通学通勤が困難となった地区や、完全に孤立した集落も多い。飲み水、食料、医療に苦しむ各地の人々。亡くなられた方々の冥福を祈り、被災者の方々にお見舞いを申し上げたい。

       

 不思議なのは山梨県。ここでは堤防の決壊も氾濫もなかった。地形的には周囲を高い山々に囲まれた盆地だらけの県。本来ならば洪水が起きても当然なのだ。考えられるのはかつての領主である武田信玄公の存在。彼は水害を防ぐため川幅を広め、かつ堤防を強化した。重たい神輿を担いで堤防の上を歩かせたと言う「信玄堤」も、流木による堤防破壊防止装置「聖牛」(下)も健在と言うから驚くほかない。

           
           <笛吹川(富士川の上流)に設置されている「聖牛」>

  

 日本は島国であったがゆえに四季の移ろいや豊かな自然が残った。そして独特の文化と歴史が維持された。だが近年の自然環境の変化の大きさには戸惑うばかりだ。高齢化と少子化が問題となって久しいのに、大きな災害まで加わったらこの先どうなるのだろう。美しい日本と子孫を守るためにも、予算をやりくりして災害に強い国づくりをしてほしいと願わずにはいられない。






最終更新日  2019.10.19 10:09:49
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2019.10.18
<宮城の土偶3>

  

 こんにちは。今日もまたわたしたち土偶のお話よ。お願いだから、もう飽きたなんて言わないでね。

               

 最初にお話したように、わたしたち土偶が壊されているのは、人間に代わって災いを避けるためなの。壊すことによって人間が病気にならないなんて卑怯よねえ。

    
          
               
 <新しい命の誕生を祈って>。 でも縄文人の真剣な祈りが、やがて形を変えて行くのよ。

        
              <大きなおなか>

たとえば「流しびな」。これはもっともっと後の時代だけど、人間の災いを紙人形に託し、それを川に流して厄払いしたのよ。言ってみればそれが「雛人形」の始まりね。

       
               
               <生まれて来る子供が健やかでありますように>

 だから人形は「にんぎょう」じゃなくって、「ひとかた」だったのよ。人の形に作って人に代わって災いを受けてくれたの。縄文の土偶がバラバラに壊されたのも、それと一緒の考え方。つまり「ひとかた」だったって訳よね。

  
      

 わたしたちの時代から、出産は大事業だったの。だって今のように産婦人科の先生や助産婦さんもいなかったしね。だから母子ともに命を失うケースも多かったのよ。

     

 不幸にして亡くなった赤ちゃんは囲炉裏の周りを掘って埋めたり、住居の近くの墓地に埋めたのよ。それは亡くなった後も、家族の傍から離れないよう大事にされていた証拠なの。

       
            
        

 珍しく壊れてない土偶も見つかったようね。時には「アスファルト」や「ウルシ」などを接着剤にして修理した痕のある土偶が見つかることもあるんだって。それらはきっと重要な儀式で使うため、大事にされたんだろうね、きっと。

  
   
  

 少しは縄文人の気持ちが分かってもらえたかしら。そしてわたしたち土偶の重要な役割もね。<不定期に続く>






最終更新日  2019.10.18 00:00:16
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2019.10.17
カテゴリ:写真
~映像の対象としての医療機関~

  

 ここは2週間に1度通っている耳鼻科です。今日は院内の様子と隣の薬局を紹介しますね。病院スマイル

        
             

  

  ブラインドに外の木陰が写ってるのを見るのが私は大好きです。ちょきぽっ

  

     診察室前から待合室を見ると微かに木陰が。

  

    診察室前の絵、夏の海と空の単純な風景です。

       

        待合室の胡蝶蘭は造花なんですけどね。さくらスマイル

  

  こちらは隣の薬局。薬剤師さんのアドバイスがとても有益で、助かります。

  

   お子さんはほとんど見えないのに、たくさんの玩具が。

  

    アンパンマンもバイキンマンも仲良くね。緑ハートハート(手書き)赤ハートピンクハート

        

         天井からはこんな物がぶら下がっています。

        

          薬を嫌がらないで飲むために・・ぶた

  

    あれまあ。ペロペロキャンディーまで売ってるよ。びっくり!

  

       こんなぬいぐるみも勢ぞろいして。ちょきウィンク

  

   皆さん、薬局へ行く時は「お薬手帳」を忘れずにね。ダブルハートバイバイ






最終更新日  2019.10.17 00:00:19
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2019.10.16
~開発と地球の仕返し~

  

 ある新聞の連載小説が終わった。タイトルは『流人道中記』で作者は浅田次郎。氏の名前も代表作ともいうべき『ポッポや』が映画化され、高倉健が主役を演じたことも知っていた。話は旗本の某が濡れ衣を弁解せぬまま罪に就き、若い同心に送られながら奥州街道を旅する話。無実の旗本がなぜ一言も抗弁せずに罪を受けるのか。一途な武士の心情が哀れだが、江戸時代の東北の描写にも心打たれた。

       

 韓国のチョ・グク法務長官がついに辞任に追い込まれた。文政権の最期の砦として、人気回復を図った人事だったが、家族と本人の相次ぐ不祥事に国民の批判が集中した。2人は生粋の社会主義者で、北朝鮮との統一を図るべく奔走した。だがその手法が乱暴過ぎ、到底民主国家とは言えない暴政の連続。日米との関係は悪化し、国政も経済もとっくに破綻した感があった。この隣国はこれからどこへ向かうのだろう。

  

 今年のセパCSは盛り上がりに欠けた。パリーグは1位の西武が権利の1勝を保持したものの、実戦ではソフトバンクに4連敗を喫して敢え無く散った。セリーグはリーグ3位の阪神が一矢報いたものの、これまた巨人の圧勝に終わった。日本シリーズはソフトバンクと巨人とで戦うことになったが、今一気分が盛り上がらないのはなぜだろう。わが東北楽天は三木二軍監督の昇格で、新規体制を組むことになった。

        

 ラグビーW杯日本代表チームへの賛辞が絶えない。不可能と思えたリーグ戦を4戦全勝で突破し、決勝トーナメントに進出したことに、世界も驚きそして称賛を惜しまなかった。前回からどれくらいの練習と鍛錬を重ねて来たのだろう。W杯に向けてのHCと各選手の思いの深さに、ただただ敬服するのみだ。台風で試合が中止となった後もカナダチームはボランティア活動のため釜石に残り、黙々と残骸を片付けた由。何と言う気高い精神だろう。

  

 人類はフルマラソンでついに2時間を切った。先日ウイーンで、ケニアのキプチョゲ選手(34歳)が1時間59分40秒の世界記録で完走した由。ただしこれは通常のレースではなく、選手は彼一人だけで40人以上のペースぺーカーが一緒に走る「特別レース」なのだ。日本の村山紘太選手も5km分を担当して疾走。つまり世界のスピードランナー達に導かれた形での快走なのだが、時代は変わった感がある。

       

 台風19号による被害の甚大さに呆然としている。災害の様子が明らかになるにつれ、その異常さに恐怖する。被害地区の広さ、降雨量の異常さ、時間の経過と共に増水の度を増す大小河川。山岳に当たって発生した雨雲が大量の雨を長期に亘って降らせ、下流の地区での決壊を招いた。寸断した鉄道や道路。土砂で埋まった家屋や耕作地。水没した建物や溢れた河川で亡くなった方々。

  

 私は47都道府県の全てを訪問し、そこで走った経験がある。大抵の被害地にも懐かしい思い出があるのだが、その話を書こうとして止めた。そんな個人の思い出などより、被災者の苦しみや悲しみに思いを致すべきと考え直したのだ。それにしてもここ数年の災害は異常。明らかに地球温暖化の影響が大きく作用しているとしか思えない。私たちの地球は、果たしてこの先は無事で過ごせるのだろうか。

              

 先日一人の少女が国連で演説した。名前はグレタ・トウーンベリさんでスェーデンの16歳。アスペルガー症候群など3つの病気に苦しみながらも地球温暖化問題に強い関心を抱き、環境活動家として国連に招かれた。その際もCO2を排出する飛行機に乗らず、ヨットで大西洋を横断してNYへ来たと言う徹底ぶり。中にはそのことを揶揄したマスコミもあった。付き添いの人が飛行機に数人乗ったことに対してだ。

  

 彼女の舌鋒は鋭い。「私はあなたたちの裏切りに気づき始めています」。「あなたたちが話しているのはお金のことと、経済発展がいつまで続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか」。

 今、北極海の氷もアルプスの氷河も融け、アマゾンやインドネシアなどの島々では密林に火を放ち、CO2は確実に増加している。海水温の上昇は著しく、サンゴの繁殖地は北上する一方で、魚類の生態にも大きな変化が生じている。そして超巨大なサイズの台風が、異常なほど発生するほどまでになった。果たして私たちは、この少女の訴えを単なる杞憂として笑い飛ばすことが出来るのだろうか。






最終更新日  2019.10.16 07:26:43
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2019.10.15
カテゴリ:写真
~初秋のA公園~

         

 久しぶりにA公園へ行った。そろそろ秋の風景が見られると思ったからだ。それにしても良く家に閉じ籠っていたものだ。いやそれからでさえ、もう半月は放置している。今頃はもっと秋めいた風景になっているのだろうが。

  

 私には嬉しい風景なのだが、他の方にはどうでも良い平凡な風景に見えるはず。退屈だとは思うが、少々お付き合いいただけたら嬉しい。

       

 夏の間はビッシリとヒシ(菱)の葉が浮かんでいた沼。今はかなり減ったように見える。

  

 A沼は周囲が300mほどもない小さな沼だ。それが公園の名前にもなっている。

         

          ほぼ沼を一周して、元の入り口に戻って行く途中。

  

  私の目には木々の黄葉が進んで、とても美しく見えるのだが。

     

     でもこうしてブログに載せると、まだ緑が目立つねえ。なんでだろうね。ぽっ?

  

 秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどかれぬる (藤原敏行:古今和歌集)

      
            

             下の写真は黄葉が早いカツラ(桂)の木です。

  

    夏は子供たちがここでザリガニ釣りをしているのですが。

          

            ぐるりと一周して、再び木陰の道です。

  

   これが多分カツラの葉っぱですねえ。頭にかぶらないヤツですが。ウィンク

    

       葉っぱの間から見える空。こういうの好きなんですよねえ。手書きハート

  

     緑が多い風景は心が癒されますね。何げない平凡な風景ですが。<不定期に続く>






最終更新日  2019.10.15 00:00:19
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2019.10.14
~最近のニュースから~

  

 先週末の土曜日は朝からTVに釘付けで、台風情報に見入っていた。とんでもないレベルの台風らしく、大きな災害が出ることを早くから警告していた。東京などを中心に早くから交通機関は計画運行を繰り返し予告していたし、国民への周知も盛んだった。私は植木鉢を取り込み、物干し竿を外し、1階の部屋はシャッターを下ろし、窓の鍵をかけ、風で飛びそうな草花も早めに処理して備えていた。

      

 しかし何という強さの台風だろう。各地の降水量は驚くもので、それに伴ってダムの緊急放水が一気に現実のものになって行くのが分かった。昨年の肱川(愛媛県)のダム放水で8名の死者が出ていたことも大きいのだろう。河川の増水情報がやがて氾濫へと変わり、累積の降水量が半端な数でなくなって来た。超大型台風のわりにスピードが遅いため、同じ地域で降り続くことになるのだろう。

  

 東海地区から始まった脅威が関東へ広がり、やがて宮城県にも波及してきたようだ。ついに「大雨特別警報」が発令。土砂崩れの警報も出ていたし、ネットには具体的な地区への「避難指示」も出ていた。それが割と近所なのにビックリ。どうなるか心配だったが、深夜1時近くに睡眠薬を飲んで無理に寝た。強い雨風の音を子守唄代わりにしながら。

              

 翌朝に起床は5時過ぎ。早速ニュースを観てビックリ。全国各地で甚大な被害が出、県内でも5か所くらいで河川が決壊していた。死者1名、行方不明3名。近所の小川でも1人亡くなったとは驚きだ。長野県の千曲川氾濫にも驚愕。道路が落ち、鉄橋が流されている。今後も被害は広がりそうだ。先刻の台風で大きな被害を受けた千葉県はどうだったのだろう。またまた災害では気の毒過ぎる。

  

 「東日本大震災」で74名の児童の命が奪われた大川小学校の損害訴訟に最高裁の断が下った。宮城県と石巻市に14億3600万円の賠償を命じたのだ。津波が襲うまでの間、無防備な状態で子供たちは寒空に立っていた。あの時直ぐに裏山に逃げていたら、むざむざ死ぬことはなかったのだ。教育現場では児童生徒の生命を何よりも第一に考えるべきと言う、ごく当たり前の裁定だったのだが。


     

 女子プロテニスの大坂なおみ選手が、日本政府へ国籍申請を出した由。先日大阪の大会で優勝後、そのことを聞かれて「分かっているのに」とつぶやいた彼女。来年の東京オリンピックに向けて、彼女は日本とアメリカの国籍のどちらを選ぶのかが関心の的だったのだ。彼氏はニューヨークにいるし、豪邸をロス近郊に買った彼女が果たしてどんな選択をするのか。その彼女が日本を選んでくれたのだ。

   

 エチオピアのアビー首相が今年のノーベル平和賞を受賞した。40歳の若さで1年前に首相になったばかりの彼が、隣国エリトリアとの国境紛争を話し合いで解決したことに対してのものだ。国境の村ベドメを巡り2年間で10万人の死者を出した。その村を放棄すると宣言した由。エチオピアは80の民族と100の言語を持つ多民族国家。大変な状況下で、初のオロモ族出身の青年首相は勇気ある決断をした。

       

 台風19号通過の翌日、開催が危ぶまれていたラグビーW杯日本対スコットランド戦の開催が決定した。大会のルールでもしも中止の場合は「引き分け」と決まっていた。だが日本チームは「勝って決勝へ行きたい」と願っていた。あっぱれな精神だ。最初はリードされる展開だったが、そこから日本は4トライとゴールを決めた。最後は1トライ1ゴール差。日本ゴール近くまで押し込まれてハラハラだった。

  
    

 結果は28対21の僅差。だが日本は世界の強豪を相手に堂々と戦い、見事に勝利した。4戦全勝、プールA1位での決勝トーナメント進出。初めてのベスト8だ。次の相手はプールB2位の南アフリカ。前回「番狂わせ」で勝利した因縁の相手。今回は実力で下し、ベスト4を目指したい。いや選手の願いはそんな小さなことではないはずだ。頑張れ日本。優勝のために苦しく厳しい練習をして来たのだから。






最終更新日  2019.10.14 06:49:50
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