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マックス爺のエッセイ風日記

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2018.04.21
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カテゴリ:俳句
~俳句三昧の日~

  

 百円ショップでファイリングケースを2個買って来た。一つは短歌用で、もう一個は俳句用。既に短歌用のファイルはあるのだが、こちらは今後資料が増えた際の予備になる。早速俳句教室でもらった資料を閉じ込んだが、まだスカスカ状態。何せ先生が詠んだ句と彼の名刺が入っているだけ。これからの1年で、どれだけ資料が増えるかは分からない。また教室での指導事項はノートに記してある。

          

 それにしても講師の厳しさには驚いた。俳句に対する態度もさることながら、人生に対する厳しさも同じ。きっと彼が極めた居合道や囲碁にも通じるものがあるのだろう。言葉に対する厳しさも一入で、美しい日本語を愛して止まないようだ。これは素人相手の俳句教室でも同様で、決して手抜きはしない。その殺気が教室内に漲っている。所属短歌会の和やかさとは、まるで違っていたことに驚いた。

  

 短歌もそうだが、先生は「成立するかしないか」を問う。短歌は31文字(音)、そして俳句はわずか17文字(音)の、世界でも有数の短い文学。その限られた字数(音数)の中で、詠まれた作品の是非を問う。文法的な過ち、内容に齟齬がないか、無駄な表現がないか等々。そして俳句の場合のポイントは、季語が適切かどうかも大きい。わずか17文字(音)で、しかも季語が生死を制するとは。

               

 先生は言う。俳句は和歌から派生したもの。そして季語は万葉以来の歌の中から、重要と考えられる言葉を選んだもの。俳句は口語ではなく文語であり、散文ではなく韻文であること。これまでに私が受けた印象では、短歌の方がずっと約束事が少ないと感じた。俳句は主催団体によっても異なる部分はあるだろうが。ノートに書いた私の俳句を直ちに批判したのも、その「型」に治まっていなかったからだろう。

  
               <ナニワイバラ>

 さて昨日ブログ友であるローズコーンさんのブログに載っていたナニワイバラの写真などを見て、私は以下の便乗俳句を詠んだ。1700年代に中国から伝わった花のようだ。

  名はイバラされども薔薇の貌(かお)をして
  廃屋や茨切られし庭の跡

          

 だがどうにも納得が行かず、その後で手を加えた。

 第一句は 名は茨されども薔薇の貌をして  で決着。

 第二句は 古家や茨切られし風の庭  で決着したが、さらに一句。

      野茨の切られし家や風の庭 を追加。 茨も野茨も春の季語である。

  

 そして俳句を生む苦しみを連作で。

      春愁や句の成立も半ばにて
      中七の浮かばざるまま春の月
      中七も馬耳東風の春の宵
      春の宵句の成立も覚束ず   と来て、ようやく気持ちが落ち着いた。

           

 お向かいさんが知人からもらった八重桜の枝を玄関先に活けたのをみて一句。

       八重桜切られし枝も陽を浴びて
       八重桜切られてもなお陽を浴びて

 さらに歳時記から季語を選んで一句。

       やれ嬉し三つ葉摘みたる命かな
       蟻穴を出でてトマトの苗植えし

 八重桜、三つ葉、蟻穴を出ず が共に春の季語。昨日、ミニトマトとキュウリの苗を購入。





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Last updated  2018.04.21 00:00:40
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