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マックス爺のエッセイ風日記

2020.08.05
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<玉作資料館にて>

  

 左手の丘へ登る石段道を往くと、建物の前にこの看板。「常設展古代出雲の玉作 その歴史と技術」とある。玉造温泉への宿泊を決めてからネットで温泉周辺の地図を検索中に見つけたのが「玉作資料館」。これは是非とも訪ねてみたい。そう思っていた。40年前は確か玉造町と言っていたように記憶しているこの町が、今では松江市玉美町玉造温泉に変わった。だからここも松江市立なのだろう。

            碧玉の原石   

 受付でコロナのチェックを受ける。先ずは両手の消毒と体温測定。次に用紙に氏名と連絡先などを記入。まさに厳戒態勢だ。島根県全体の感染者数は20数名で、かなり神経質になってる感じ。それも良く分かる。係の女性に学芸員かどうかを尋ねたらその由。で専門はと聞いたら弥生時代の石器とのこと。磨製の鍬のようなものかと聞いたら違う由。丸木舟を削った「丸のみ」のようなものかと聞いたらそれでもない由。

    
               <各種の原石>

 打製石器と分かった。弥生時代にも石器を使っていたことに驚いた。当時はまだ日本に鉄が将来されてなかったのだろう。玉造のメノウ製品の分布を尋ねたら結構広い由。それで「糸魚川のヒスイ製品」の分布と交流関係について私が話すと、全くの素人ではないと判断した模様。その後館内を2時間ほどじっくりと見た。この周辺ではメノウの他に碧玉なども産出したようだ。

  

  

         <勾玉の粗型(左上)と完成品(その他)>

  

    <子持ち勾玉の複製品>        <勾玉の謂れ>

 勾玉の形は朝鮮半島と日本にしかなく、わが国では縄文時代には既に勾玉が作成された。勾玉の語源としては「曲がった玉」説が有力。また独特の形は、1)魚の形説 2)胎児説 3)獣の牙説 4)釣り針説などがある。

 さて韓国国旗の太極旗も2つの巴型が重なり合っている。(下図参照)ただ朝鮮半島には縄文文化より古い文化は存在せず、日本の縄文土器が半島の南部から出土している(=倭人がかなり古くから朝鮮半島にまで出向いたことの証)ことを思えば、勾玉は日本発祥のものだろう。ただし、朝鮮半島の人がこの形に神聖なものを感じたことも間違いはないのだろうが。

  <参考>韓国国旗の中央部に勾玉様の形象   

  

 左は獣の牙を模した装身具。紐を穴に通したネックレスか。右は「けつ」(王偏に決のツクリだが環境依存文字)と呼ばれるイヤリング。

  各種の装身具

  

    <砥石などの工具各種>          <研磨の痕跡が残る研磨台>

     

 回転式の錐(きり=上)とそれを使用して穴を開けた石など(下)

  

 玉造工房遺跡は宍道湖の南岸に集中しており、ここ玉造温泉周辺はその中心地だった。良質なメノウや碧玉を産出した玉作山(現在は花仙山)が資料館の背後にあったのだ。縄文時代から神聖な石として貴ばれたメノウや碧玉などで作られた装身具は、神威や権力の象徴として貴重で、水路や海路を通じて日本の各地に伝えられたのだろう。

  またそのことが古代の東出雲地方に強大な力を持った豪族を誕生させたとも考えられる。後に出雲国造の一つとなる出雲氏(出雲臣)だろう。西出雲地方の豪族集団や大和朝廷との対峙にもつながったと私は見ているのだが実際はどうか。

 
     

 花仙山(古代の玉作山)に今も残るメノウ採掘用の坑道(上)と出雲石の特徴など。(下)

                

            古代の作業小屋における作業風景の復元です。<続く>






最終更新日  2020.08.05 04:53:20
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