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マックス爺のエッセイ風日記

2022.01.23
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カテゴリ:俳句
~準備そして当日~

    埋めた大根を掘る

 当日が雪の場合を考え、バスの時刻を調べた。当日の寒さを心配して一番暖かそうな服装を選んだ。もしものことを考えて夕食のメニューを考え、翌日分のブログを予約。だが、天気予報はたった一日で変わる。それに寒気が厳しい今頃は、たとえ太平洋側が晴れていても奥羽山脈を越えて雪が飛んで来たり、強風になる場合もある。だが杞憂は無駄で、当日は自転車で行けそうな天気になった。

         ギボシの種   

 会場へは早めに着いて、早速検温と入館票に記入。その際老人センターの職員と話して、来年度の開講などについて情報を得た。このところ感染者数が急激に増えた新型コロナのオミクロン株。3回目のワクチン接種も、来年度も俳句教室が継続されるか計画は未定。来年度は参加しないかもと賀状に書いてよこした仲間も含めて欠席者はなかったが、人数は最盛期の半数だ。

      観葉植物

 予め用意した「短冊」を出席者のテーブルに配る。「密」にならないよう、座席がかなり離れ、通気のため窓が少し開けられている。マイクの前の席に講師が座られた。新年の挨拶を交わし、短冊を置く。1人遅れたが、講師が黒板に短歌と俳句をひとつずつ板書した。講師の作品のようだ。彼は受講生の「短冊」にざっと目を通し、立ち上がって新年の挨拶をした。順番に受講生の名が呼ばれ、提出した兼題(宿題)の句を読み上げる。いつもながらの緊張の一瞬だ。

        繭玉(まゆだま) 

 この日の兼題(宿題)は「繭玉や」。まゆだまは小正月の縁起物で、「新年」の季語。「餅花」(もちばな)などの別名を持ち、色のついた小さな餅や繭の形をした飾り物を柳やミズキの枝に刺したもの。家内安全、豊作、商売繁盛などを祈る。餅も繭もかつては農業と人の暮らしに深く関わっていた。昔の暮らしには欠かせない年間行事だったのだろう。

    壊れたハート

 だが兼題は「繭玉」そのものではなく「繭玉や」。つまり季語を「上五」にして、「中七」以下をどう詠むかと言うもの。「下五」に「繭玉や」が来ることはない。「切れ字」の「や」で終わる句はほとんどないのは、句の安定が悪いためで、かなりの名句でないと通用しない由。加えて講師は「取り合わせ」をも要求しているのだ。季語とそれ以外の無関係なものや事象を組み合わせる俳句の技法のひとつ。

                       

 季語を中心にそのことだけを丁寧に詠むのを「一句仕立て」と言い、正岡子規につながる近代俳句の正統派である「ホトトギス派」はその典型。ところがわが講師は「俳句の神髄は「取り合わせ」(二句一章とも言う)にこそあると主張して止まない。これが初心者にはかなり難しい作業で、頭の切り替えを要する。一句仕立てでさえ難しいのに、さらにその上を行くのだから。

  

 たいていの提出句は、講師の意図に沿わないものだった。中には複数の季語を有する「季重なり」があったり、音数が足らなかったり余ったり、句のリズムが悪かったりで手を入れられる句が続出した。そして難しいと言わずに何にでも挑戦しなければ上手にはならないとも。それは十分納得出来る意見と感じた。俳句の世界は単純だが深い。少ない音数で自然と人との関りを詠む侘(わび)、寂(さび)の文学が「余韻」を有する所以だ。<続く>






Last updated  2022.01.23 07:18:28
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