『右のブラックホール』
談話室小説企画
お題:麦わら帽子 小人 羽飾り
http://lostgarden.toypark.in/novels/kikaku.html
『右のブラックホール』
by...max
ロケットが打ち上がるまであと何分だろう。
そんなことを気にしながら僕は夏の日差しをモロに浴びて身を揺らしている。
世界一の騒音を!
そう掲げられたこのロケット打ち上げ会場。
厳密には、調査船の打ち上げの横でメタルバンドが演奏を繰り広げているだけなのだが。
とりあえず一般のファンたる僕は打ち上げの音に失神しないレベルの距離でバンドの演奏を聞いている。
だが遠すぎて何も聞こえない。
数百メートルも向こうにロケットとバンド。ありきたりな言い方をすれば、まるでオモチャと小人みたいに見える。
日差しが熱い。なんだか今日はやけに太陽が近い気がする。
太陽は近くバンドは遠い。ちぐはぐだった。
「だが友人よ。いくら知識をため込んだところで今は何の役に立つというのだ?」
「知らん」
何が、だが、なのか分からないが。
まあ、こいつの話し方はいつもこうだ。ロケット打ち上げとバンド演奏の科学的関係性と文学的意義との融合を具象化するとかなんとか言ってやってきながら、結局は汗だけかいて損をしている。
「しかし人類の英知というものはまことにすばらしい。このように開発された魔術的ツールを呪術的に使用することで飛躍的に快適さを得られる」
「魔術的、ってそれただの麦わら帽子だろ……」
「帽子か。帽子と見るか、お前は」
メタルバンドの演奏が音量を増した。宇宙への怨霊たちが穴があったら入りたいとか言ってる、よく分からない歌だ。
「そもそも科学の粋を集めたロケットの前で麦わら帽子を称賛してどうする」
「とはいえどちらも飽くなき探求心が生んだ、人ならざる存在だ」
「レベルが違いすぎるだろう」
「ならばどこが違う」
「むしろ同じとこを教えてくれ」
「むぅ」
考え込む。
それを見て、しまった、と思うがもう遅い。
こいつの場合、こういう悩みから意味不明な事件が星の数ほど降り注いでしまうのだ。
「たとえば、だ」
始まった。
「この麦わら帽子もロケットも、共に、空を飛ぶな?」
「は? いやロケットは飛ぶけど帽子は……」
「だが羽がある」
「ただの羽飾りだろうが」
「果たしてこれはただの羽飾りなのか否か」
「きっぱりと是だ」
「しかし試してみなくば分かるまい」
そう言うとこいつは帽子を放り投げた。ロケットとバンドの方に。
「この羽ばたきが、かの現場まで到達すれば二者は同一と言えよう」
「いやいやいやいや」
もはやさっぱり分からない。
いずれにしても数百メートルを麦わら帽子が飛べるはずが──
すぽっ。
「…………?」
前言撤回という言葉がある。
だが前言を繰り返す四字熟語は、意外と思いつかない。結果として。
「いやいやいやいや」
目にした光景は意味不明だった。
「同一のものとなったか」
説明は必要ない。
帽子はロケットとバンドにまで届き、そのまま、全部を覆い隠した。
目の前の現実は……まあこいつといる限り受け入れざるを得ないだろう。そういうものだ。
「麦わら帽子が、でかくなった?」
「いや、そんなことはないぞ?」
何を言ってるんだ? って顔をしながら、こいつは、あろうことか麦わら帽子を拾い上げて頭にかぶった。
……ちょっと待て。近すぎる。
「えーとだな」
数歩で数百メートルを踏破したのか。
いや違う。
繰り返す四字熟語が欲しい。
「なんでロケットとバンドがこんなに小さい?」
まるでオモチャと小人ではないか。
見下ろすなどと生ぬるいものではない。ほとんど点だ。
「至極簡単」
ふんぞり返るこいつ。バカか。
「よくこの麦わら帽子を見るのだ」
「至極普通」
「バカか。この形を見て何を思い出す」
「帽子だろ……」
「違う、銀河だ!!」
高々とこいつは『銀河』を掲げた。
色々とツッコミどころが多いが……
「まず形が半分だな」
「細かいことは宇宙的観点からは誤差ですらない」
「半分になったら四捨五入で結論が真逆になるレベルだが」
「些細だ」
「じゃあこれが銀河だとして何が説明できる」
「ロケットなど微細だ」
「同一じゃなかったのか」
「宇宙とはすべて。それ以外は、一切が『その一部』に過ぎない」
「俺たちはなんで銀河よりデカイんだ」
「銀河であり、麦わら帽子だからだ。俺たちの大きさはおよそその間にあると言えよう」
「大半のものがその間のデカさだよ」
外から見れば麦わら帽子。内から見れば銀河。そんなところか。
「他に質問は無いか?」
「じゃあひとつだけ」
今回もまた、これだけが気掛かりだ。
「この事態……どう収拾つける気だ」
「むぅ」
また考えてなかったのかよ、と尖った拳骨を振り上げた刹那。
ロケットが打ち上げられて、こいつの鼻の穴に潜入した。
「ぬおおおおっ!?」
穴があったら入りたい。メタルバンドの最後のサビと、こいつの悲鳴が重なった。
「……バカか」
結果として、内外からの絶叫でその打ち上げは世界一の騒音を記録した。
終
◆◇◆◇◆
あとがき
maxです。
2010年初小説です。