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白い倍音の魔法使い

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うさうさ@ Re:9月29日(水)(09/29) おはようございます(^.^) ワクチン、どち…

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December , 2021
October 13, 2012
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 今日はちょっと難しい話です。

 「自殺ほう助」(安楽死)の映画を見ました。
アメリカの実話を元に作られたようです
 簡単にストーリーを書くと
死を望む人に、医師が安からな死を提供する
という話です。
 もちろん、反対者が出るし、裁判にもなります。
医師の主張は、「人には死を選ぶ権利もある」というもの。
 もちろんどんな人に対しても自殺の手助けをするわけではありません。

 精神的病気を抱えている人に対しては行いません。
病気や障害などで、肉体的苦痛を抱えている人に対して、
その人が強く望むのであれば、死への手助け(安楽死)をするのです。

 興味深かったのは、
彼の「自殺ほう助」に対して反対している人は
無関係な人たちばかりだということです。

 本人や家族は、それを受け入れている、
家族も本人がそう強く望むのであればと
本人の意志を尊重している。

 反対するのは、本人でも、家族でもなく
無関係な人たちばかり。
苦しんでいる本人、家族はそれを強く望んでる。

 反対者は「死の時期を人間が決めるのは神への冒涜だ」
と言いますが

 そういう意味でいえば、
自殺ほう助は認められていないものの
今の医学は、人間に対して、神への冒涜だらけです。
遺伝子操作、中絶、臓器移植・・・

 これは、私の神様論ですが 
神様というのは、人間がなさること、
人間の価値観で測られる善悪には、
干渉されないと思うのです。
 善はよくて、悪はいけない
そもそもこの善悪の自体が、人間が作り上げた価値観ではないか
そう私には思えます。

 結局、医師は有罪判決を受け
刑務所に服役することになります。

 私は、自殺したい人を認めているわけではありません。
死にたいという人を目の前にして
じゃぁ、その手助けをしよう、という気になるかといえば
出来ないと思います。

 ただ、今の医学で自然に死ぬということはまれではないでしょうか

 何らかの死のコントロールがされています。
そう出来てしまいます。

 ただ、心臓を動かしておくだけなら
脳死状態で何年も生きることは可能です。

 私の母の場合は、
私は主治医になるべく自然な逝き方を伝えていましたが
それでも
「この日までは生きていて欲しい時期はありますか?」
と聞かれ、驚きました。
なぜそんなことを言うのか尋ねると

「ご家族の都合(保険などの関係)で、
この日までは生かせて下さいという家族がいるのです」
と主治医は、よくあることだという口調で言いました。

 私は、母の自然な死を願いましたが
母が亡くなってしまうと
どんな手段を使っても、少しでも母が生きれるように
努力すべきではなかったかと
自分を責めることが何度もありました。
 自然に逝かせることが
母を見放し、自分が母を殺してしまったような気がしたからです。

 自然死など、望めなくなっている現代医学

 死のあり方、死の選択
いろいろなことを深く考えさせられた映画でした。

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Last updated  October 13, 2012 11:16:41 AM
コメント(6) | コメントを書く


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Re:死のコントロール(10/13)   ウマ0208 さん
 朝夕涼しくなりましたね

三寒四温のこの時期 お体 お大事に

今日 ランダムで
こちらへ訪問いたしました。

更新がんばって下さい。 (October 13, 2012 10:43:15 AM)

Re[1]:死のコントロール(10/13)   白い倍音の魔法使い さん
ウマ0208さん
 コメントありがとうございました。 (October 13, 2012 10:51:35 AM)

Re:死のコントロール(10/13)   カルペ さん
難しいテーマですよね。
私も母に対して同じ気持ちです。母の亡くなったのは日曜日で、若い主治医の先生と、最初から診て下さって母の心に寄り添ってくださっていた偉い先生は居らず、日直の先生だけでした。この先生は、いわゆる感じのよい先生ではありますが、以前から(最初は母の主治医でした)説明の仕方や対応の仕方にあまり誠意が感じられなかったのです(本人は一生懸命なのかもしれませんが)。お昼にエレベーターの前で「お腹が痛いって言ってるんですけど」と言ったら「どうすることも出来ないんですよね」といわれました。私もそのやりとりからまさかその日に亡くなるなんて思いもしませんでした。結局、夕方になって容態が急変して死亡診断書はその先生が書かれたのですが、今頃になって「あの先生は何もしてくれなかった」と思ったりします。いろいろな死に際の体験や小説を読んでしまうと・・なのです。若い主治医の先生は「自然死でしたね」(確かに苦しまなかったのですが)といわれました。信頼する先生は「夜中に電話がきたのですが・・先生(日直の先生)が自分が責任持ちますのいわれたので私は行きませんでした」といわれました。それも思い返すと、「それだけのことあの先生してくれたっけ?」です。
私も「無理な延命はしないでください」と言っていました。それを今は悔いています。死ぬということがどういうことか全くわかっていなかったと・・。せめて昏睡状態が少しでもあったらこちらからありがとうもごめんなさいも言えたのに・・と。月曜日までもたせてくれたら、大好きな先生方もいらっしゃったのに・・と。
白い倍音さんはお母様がきちんと最後にお話されたのですよね。私の母の場合、それがなくて「大丈夫よ」と最後までしっかり言っていましたから、何かこう区切りがないんです。

先日、お義父様のことで命の長さのこと書かれていましたね。私は神様の下さった寿命は受け入れるしかないな・・と思っています。長さよりも生き方だと思うので。ただ、死に際までの関わり方に悔いがのこってしまうとまわりは「あとちょっとでも生きてくれれば・・」と思ってしまうのですよね。

自分の死のことも自然と考えてしまいます・・。もちろん実感ではないのでしょうけど。


長くなってごめんなさい。 (October 13, 2012 08:47:55 PM)

Re[1]:死のコントロール(10/13)   白い倍音の魔法使い さん
カルペさん
 いつもコメントありがとうございます。
カルペさんのお気持ち分かる気がします。
カルペさんは、私の母が亡くなった頃のブログを読んでくださったみたいなのでご存知と思いますが
私の一番の悔いは「主治医がもう助からない」と言った言葉を鵜呑みにして、母が助かるようあらゆる手段をとらなかったことです。
 もう助からないのなら、「安らかな死を迎えて欲しい」
そう頭を切り替えてしまったことです。
 避けられない死なら、少しでも安らかなものであって欲しい、母が苦しむことなく、後悔することなく逝って欲しいと願ったことです。
 母は自分の病名は知っていましたが、助かると信じていました、正確には信じようとしていたのかもしれません。
だとしたら、その母の想いに寄り添い、私も絶対母が助かるのだと信じてあげれよかった。
 母の死後、母の死ばかり考えていた自分を責めました。
「死ぬということがどういうことなのかわかっていなかった」カルペさんのこの言葉の重みがよく分かります。 (October 13, 2012 10:04:42 PM)

Re[2]:死のコントロール(10/13)   カルペ さん
「心に寄り添う」それですよね。私もそれができなかったこと、何より、母の心を見ようとしなかったことを悔いています。そして自分の中にあった深い母への気持ちも見ようとしていませんでした。母は弱みを見せない人でした。でも私が注意していれば母の気持ちを感じ、寄り添えたはず。やはり、自分の人間的な未熟さが身にしみます。残りの人生では母のためにもこの経験を行かねばならないのですけれど・・。母は一人しかいないのですよね・・。
何人かの友達と話して実感するのは、母とは、どんな母であっても私たちの心の奥でいつも支えとなっている存在なのだということです。私も結局最後まで甘えていたのだと思います・・。今からでは遅いけれど、母を大切に大切にしていきたい。大切に思い続けていくしかないです。白い倍音さんも同じ気持ちであられると思います・・。 (October 15, 2012 10:29:55 AM)

Re[3]:死のコントロール(10/13)   白い倍音の魔法使い さん
カルペさん
その通りと思います。
母の気持ちを見ようとしない、自分のことばかりで精一杯、
母が元気なころは、母から逃げていたばかりのような気がします。
 一番辛いのは、そのことに気づいても、お詫びする相手、償う相手がもういない、ということですよね。
母の代わりに誰かを・・というのは、私には違う気がしてしまうんです。
 今生きている父は父、夫は夫、
彼らのことも大切に想っているけれど、でも、母の代わりにはなれない、母の身代わりじゃない。
 私の母はこの世に一人しかいない、
そして母の代わりは誰にも出来ない
この事実が、圧倒的力を持って、私を押しつぶす。
 このことが一番辛かったです。 (October 15, 2012 09:03:26 PM)


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