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カテゴリ:惚れ薬
大晦日の掛け取りもようやく終わり、桐屋の主人丑蔵は火鉢
に手をかざしたまま、少し放心状態のようです。 江戸の頃は現金取引ではなく掛け売り商売が主流でした。 掛け売りというのはツケ払いのことです。 その客のツケを回収するのが掛け取りで、取り立てはお盆の 前と大晦日の年二回というのが一般的でした。 ところが客の中には、金繰りがつかないなどしてこれを払わ ずに済まそうという者が必ずいます。 それ以外にも一部だけを支払って済ませようという者も珍し くないので取り立て側としては中々油断できません。 客にしても、もし支払わなければ次からは売ってもらえなく なるので払わざるを得ないのですが・・・ 手もとにあるお金が少ない場合はそれぞれの店から来た掛け 取りに、今払える金額を示して交渉(お願い)することにな ります。 そうなると全額を貰いたい店側と小額で済ませたい客との間 で、悲喜こもごもの攻防が繰り広げられることになります。 そんな修羅場を乗り切った店の主人が、掛け取りがすべて終 わった後に虚脱状態になるのは無理もないことでしょう。 今回は掛け売り代金のおよそ九割近くを回収できた丑蔵は 『盆の時よりはたくさん取り立てられた、良かった。 これで新しい年もまず心配ない。 それにしても乾様にお子がお生まれになるとは・・・』 自らが掛け取りに出向いた樋津家で、小耳にはさんだ乾家老 の妻女懐妊の話を思いだして、丑蔵は首をかしげます。 はた目にも夫婦仲が良くないように見えたのに、と思いつつ 運ばれてきたばかりの茶を口に運んだ丑蔵の眉間にかすかな 縦じわがよりました。 「これ、治助どん、夜は更けたとはいえ今はまだ大晦日。 その大晦日に正月用の上等な茶をいれるとは何事だ。 浮かれるにもほどがある」 「ハ、ハイ。いつものようにおシカがお茶をいれたはず でございますが・・・旦那様もご承知のようにアレは この店一番の古株でございます。 そんな間違いなどしないはずでございますが」 丑蔵に呼ばれた大番頭の治助が、そう言い残しておシカに 事の真相を確かめるべく部屋を出た後、丑蔵は渋面のまま 煙草盆を引き寄せました。 たかが茶というなかれ、日々の飲食もすべておろそかにせず、 無駄な支出を抑える事は商売人のイロハのイなのです。 ・・・・・・・惚れ薬(七十四) にほんブログ村ランキング参加中 このお話し、こちらが第一話めとなっております。 途切れることなく続けてご覧になれます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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