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めざせ!Asian Beauty  megのよくばりブログ

2012年09月27日
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カテゴリ:Saipan 2012

アクア・リゾート・クラブのシーフード・ナイト・ビュッフェを満喫した翌日。サイパン3日目の8月18日土曜日。
ハーツでレンタカーを借りたのは、前の日の朝9時45分。24時間借りてるので、朝も車を使える。
お宿のカノア リゾート サイパンホテルのパーキングは無料やった。
7時半に出発。
ホテルからビーチロードを500メートルほど南へ行ったところに、マウント・カーメル教会 (Mount Carmel Church)がある。
スペイン統治時代に建てられたカトリックの教会は1944年アメリカ軍の攻撃で破壊され、1949年に日本統治時代南洋興発サイパン製糖工場があった場所に再建されたものやそうや。
教会の裏側に大きな墓地があって、入口に鳥居がある。
鳥居には、「昭和十二丁丑年長月吉日 奉寄進 松江春次」と刻まれてる。
シュガーキングが建てはったんや。
このあたりに南興神社があったそうで、その参道がやったんみたいや。
石灯篭もカトリックのお墓と並んである。
1944年当時、このあたりは捕虜収容所になってたそうや。
国立公園局とアメリカ記念公園(American Memorial Park)が作った案内板には、こんなふうに日本語で書かれてる。
「収容所での2年間
1944年、戦闘が終わった後もサイパンの民間人にとって困難は続いた。空襲で負傷、衰弱し、精神的衝撃を織った18,000名の生存者、その半分は子供たちがこの付近に広がる3つの当座しのぎのぼろ屋地区に集められた。
チャロモ人とカロリン人は、有刺鉄線が張られた収容所のテントや掘建て小屋で困難な状況に耐えながら2年間も過ごしたのである。サイパン島は、太平洋戦において米軍が何千人もの民間人に食事を与えたり避難所を提供したりしたはじめての場所である。侵略前準備が不十分であったため物資はいつも不足していた。」
収容所での2年間
教会の裏には、マウント・カーメル高校があった。
教会の信者によって1952年に設立され、最初は製糖工場の古い発電所を改装した校舎やったそうや。
教会のそばに日本戦没者の慰霊碑があるそうやけど、残念ながら見つけられんかった。
サイパンのこと続きます。

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最終更新日  2012年10月31日 13時37分25秒
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