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めざせ!Asian Beauty  megのよくばりブログ

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Dalian大連2011

2011年12月19日
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カテゴリ:Dalian大連2011

最後に朝の大連の街を散策したとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月2日、4日目。


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最終更新日  2012年01月20日 23時55分53秒
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2011年12月14日
テーマ:中国&台湾(3307)
カテゴリ:Dalian大連2011

狗不理包子で食べてたりして大連最後の夜を過ごした翌日、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月2日、4日目。


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最終更新日  2012年01月20日 23時10分20秒
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2011年12月12日
カテゴリ:Dalian大連2011

楽しみにしてた最終日の海鮮料理ががっかりやったとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。

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最終更新日  2012年01月20日 22時58分13秒
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2011年12月11日
テーマ:中国&台湾(3307)
カテゴリ:Dalian大連2011

北海市場?でディープな大連の素顔をのぞいたとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。

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最終更新日  2012年01月20日 22時51分39秒
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2011年12月05日
カテゴリ:Dalian大連2011

つかの間の自由時間に、大連のロシア風情街を見学してるとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。
同じ道を戻るのは避けて横道に入ったら、ディープな地元の市場があった。
これは、北海市場やったんかなあ。
近くに北海公園があった。
入口のところは、廃品置き場のようなうらぶれた雰囲気。
右手に、洋菓子屋さんがあった。
アジアならではの、派手なデコレーションのケーキやロールケーキ、中華風のお菓子も並んでた。
奥に入ると、野菜や魚を売る露店がいろいろ出てた。
お客さんは、地元の人ばっかり。
観光客は見かけへんかった。
中華のお惣菜を売ってる店では、食堂もあってそこで食べられるみたいや。
こういうとこの料理は、きっとおいしくて安いんやろうなあ。
おいしそうな羊の肉を売ってるおばさんもいた。
市場を出て、民楽街を行くと右手に廃屋のような洋風の建物があった。
ここが、ロシア人街の名残なんかなあ。
このあたりには、今は大連の低所得者が暮らしてるんかもしれん。 
しばらく行くと左手に広い公園があった。
ここが北海公園。
地元の人がくつろぎ、子どもたちが遊んでる。
東門から上海路に出ると、青空床屋さんがいた。
アジアではおなじみの光景。
おじさん、気持ちよさそう。
白衣を着た床屋さんは、マスクのように口のところをタオルで覆って、野球帽のようなのをかぶって、さらにその上からスカーフまで巻いてる。
えらい重装備やな。
切った髪が風で飛んでくるからかな。
上海路を勝利橋のほうへ歩いていくと、大連大学附属中山医院と看板のある建物があった。
大連大学付属中山病院といえば、昔の満鉄大連医院で中山広場のほうにあるはず。
ここは、別館か関連施設なんやろうか。
たまたまできた1時間半ほどの自由時間やったけど、大連の地元民の素顔が見えたような気がして、楽しかった。
大連の旅、続く。
(旅行時の為替、1元12.5円で計算)

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最終更新日  2011年12月23日 21時57分39秒
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2011年12月04日
カテゴリ:Dalian大連2011

雨の老虎灘公園を見学し、だんな様がラテックス高反発枕を買うたとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。
1時間ほど自由時間になったので、日航ホテルのところで宿泊者の人と一緒に下ろしてもろた。
今回ツアーには入ってなくて行きたかった場所があった。
日航ホテルからほど近いところにある、勝利橋を渡る。
勝利橋は、鉄道の線路を跨ぐ跨線。
帝政ロシア統治時代はロシア橋、日本占領時代は日本橋と呼ばれていたそうや。
この橋を渡ると、ロシア風情街がある。
帝政ロシア時代にロシア人が多くの住んでいた地域なんやそうや。
入口のところに、「大連芸術展示館」がある。
ここは、1902年にロシアの東清鉄道汽船会社社屋として造られた建物。
日本の租借時代には、大連倶楽部、満鉄日本橋図書館などとしても使われていたそうや。
戦後解体されてしもた。
大連と姉妹都市である北九州市が、友好都市締結15周年を記念して、1994年門司港レトロ倶楽部のなかに、この建物の複製を建築し、「国際友好記念図書館」としてる。
そのとき日本で造られた建材を輸入して、大連でも1996年に複製が再建され、「大連芸術展示館」となったそうや。
そこから続くメインストリートの両側に、欧風の建物が並んでるけど、ほとんどは2000年にロシア風情街として改修したときに、想像して造られたもののようや。
どことなくテーマパークのような雰囲気もする。
売ってる物は、マトリョーシカやロシア風の帽子や手袋などもあるけど、ロシア製なのかどうかは怪しい。
しばらく歩くと左手に、大連船舶技術学校」と書かれた建物があった。
ここは、東清鉄道技師長でダーリニー市長を兼任したサハロフの官邸として1900年ごろに建てられもの。日本統治時代は、満鉄総裁公邸やったそうや。
学校のはずやのに、1階中央にはロシア語が書かれた入口があって、バーみたいやった。
ロシア風情街の突き当たりに、立派な建物が見えた。
かつて「ダーリニー市役所」やったところ。
帝政ロシアは、1898年に大連、旅順などを租借すると、「ダーリニー市」をつくった。
「ダーリニー」はロシア語で「遠い」という意味。
1900年に東清鉄道事務所として建てられたこの建物が、1902年に「ダーリニー市役所」になった。
日露戦争の結果、1905年に租借権が日本に譲渡され、1907年に満鉄本社となる。
1908年に満鉄本社が移転すると、大連ヤマトホテルとしても使われる。
中山広場の大連賓館(旧大連ヤマトホテル)ができたのが1914年やから、それより前の話。
それ以降も満蒙資源館になり、戦後は東北資源館、大連自然博物館となった。
1998年に博物館が移転すると、この建物は使われなくなり、今は廃墟のようになってる。
大連の歴史をずっと見てきた貴重な建物やねんから、なんとか残してくれるとええのになあ。
大連の旅、続く。
(旅行時の為替、1元12.5円で計算)

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最終更新日  2011年12月23日 00時28分44秒
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2011年12月03日
カテゴリ:Dalian大連2011

大地春餅店ででおいしい昼食を食べたとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。
緑山展望台から望海街を通る。このあたりは、旧日本人街なんやそうや。
ロシア占領時代に欧州区だった場所なので、建物は欧風な雰囲気やった。
大連植物園もこのあたりにあった。
とうとう雨が降り出してきた。
中南路から老虎灘に出て、浜海南路を通って北大橋に到着。
姉妹都市の大連と北九州市が友好関係締結5周年を記念するため1987年造った橋なんやそうや。
景色がきれいやし、結婚式の記念写真撮影の人気ポイントで、ウェディングドレス姿のカップルがようけ来るねんて。
新婚さんがこの橋を歩いて渡ると永遠に幸せになれる、という「伝説」もあるそうで、私たちも雨の中歩いて渡った。
ここにいたのは10分ほど。
老虎灘公園に着いたころには、土砂降りの雨になってた。
それでもせっかく来たんやからと、私たちを含めて数人は雨の中、見物に。
中国を代表する彫刻家で、北京オリンピックのマスコット・福娃のデザイナーだった韓美林さんの6頭の虎の作品「群虎彫像」があった。
2年9か月かけて完成させたそうや。
海のほうまで行ってみたけど、霞んでた。
この後は、買い物タイム。
中山区朝陽街にある龍源商店へ。
2階の絨毯売り場を、高反発ラテックス寝具のコーナーに改装したばかりみたいやった。
寝具と土産物の店が一箇所になったので、お買い物タイムが1回にまとまってよかった。
まずは、2階の寝具売り場の奥のコーナーへ。
高反発枕の素材である天然ラテックスや、その効用について専門家?から説明がある。
その後、実際にベッドで寝てみて体験できる。
だんな様はえらく気に入って、いびき用という大きくて高めの枕を買いはった。
大きさや高さの違いで10種類以上あって、販売員の人が高さを確認してくれる。
通常価格の30%引きで8000円。それをさらに交渉して、600元(約7500円)にしてもろた。
大きな物やけど、圧縮してくれてバレーボールぐらいの大きさになった。
高反発枕は、軟らかいんやけど、押し戻す力があるから、ちょうどいい位置で頭を支えてくれるそうや。
通気性もよく、抗菌作用もあって、夏は涼しく、冬は暖かいにも優れ、温度変化にも強い素材です。さらにソフトな感触の中にもほどよい弾力があり、体圧分散性にも優れています。
日本に帰ってから愛用してはって、すごく快適やそうや。大連の旅で一番の収穫やったと言うてはる。
私は、ちょっと船酔いみたいな感じがするのであんまり好きやないけど。
楽天でもこんなのがあった。

1階にはいろんなお土産物。
これは、値段も安くないし欲しいもんはなかった。
ここには、1時間半ほどおった。
バスに戻ると、雨はやんでた。
ここでガイドさんから提案があった。
夕食までに時間があるので、2つのプランがある。
プラン1は、さっき雨で見学の時間が少なかった老虎灘公園にもう一度行くこと。
プラン2は、ホテルに戻って1時間ぐらい自由行動にすること。
みんなホテルに戻るほうを選んだので、プラン2に決定した。
大連の旅、続く。
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最終更新日  2011年12月22日 18時38分36秒
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2011年12月01日
テーマ:中国&台湾(3307)
カテゴリ:Dalian大連2011

大連の路面電車に乗車体験したとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。
二七広場から、また追いかけてきてたツアーバスに乗って、お昼ごはんの店へ向かう。
車内では、桜桃かメノウの印鑑の販売。名前を彫ってくれて日本円で1000円やそうや。
予定表では郷土料理となってて、期待してへんかったんやけど、着いたのは「大地春餅店」の東北路店。
ガイドブックで見てて、行ってみたかったとこ。
今回の食事で一番おいしかった。
ビニールでパックされた食器が出てきた。
でも、食器は欠けてたりして使い込まれてそう。
清潔やとアピールしてるんやろな。
ここでは、お茶ではなくお湯が出てきた。
ガイドさんにお茶の葉が入ってないと言うと、春餅にはお湯のほうが合うからっていう返事やったけど、ほんまかなあ。
ここのビールは、アルコール度数2.5の雪花やった。
粟やヒエ入りのご飯
ジャガイモとピーマンの和え物
なすの揚げ炒め
キャベツ、豚肉、春雨の炒め物
卵とキクラゲの炒め物
キュウリと岩のりと卵のスープ
麻婆豆腐
豚肉の細切り炒め
ササミの酢豚風
インゲンの炒め物
そして春餅
春餅は、小麦粉を水で溶いて丸く焼いたクレープのようなもの。
店名についてるだけあって、ここの春餅はおいしかった。
でも、1人1枚ずつぐらいしかなくて残念。
おかずもどれもおいしかった。
今回のツアーでは、食事が最後になるほどどんどんおいしくなっていくと好評やった。
1時間ほどのランチタイムの後、また大連市内の観光。
バスは、緑山展望台に到着。
労働公園の上のほうにあって、大連市内を展望できる。緑山の上には、テレビ塔がそびえてた。
ここには15分ぐらいいた。
ツアー中ずっと天気がよかったんやけど、雲行きが怪しくなってきた。
大連の旅、続く。
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最終更新日  2011年12月21日 09時42分16秒
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2011年11月28日
カテゴリ:Dalian大連2011

大連ヤマトホテルに入り、満鉄旧本社は外から見たとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。
次は、大連港へ向かうた。
大連港務局(旧満鉄大連埠頭事務所)の屋上から、大連港を眺めたことは以前書いた
写真は、大連候船庁(旧大連第二埠頭)の前の石段のところから撮った、大連港務局。
バスに乗って、次は路面電車の体験乗車。
たぶん乗ったのは、201路(以前の203路)の華楽広場から。
ガイドさんが、1台待って旧型の車両に乗るようにしてくれはった。
この停留所は折り返し地点になってるようやった。
1937年に日本で造られた3000型旧型車輌で、今は2200型と呼ばれてるみたいや。
緑色に金色の帯の車体で、レトロやなあ。
他に紺色やえんじ色に塗られた車輌もあった。
行き先の表示は、LEDになってるけど、車内も昔の雰囲気が残ってる。
照明もレトロ
ガイドさんはまとめて運賃を払うてくれて、車内へ。
運賃は、1元(約12.5円)均一(大連駅を越えて乗車すると2元)。
いよいよ出発。
ところが、車掌さんが大きな声で何か叫んでる。
入口のドアが、半開きになったままやった。
棒でたたいたり押したりして、無事にドアは閉まった。


運転手さんは、女性が多いみたいや。
ドアの故障も直って、華楽広場から春海街へ向かう。

春海街から寺児溝へ 

この後、二七広場で降りて、また追いかけてきてたツアーバスに乗った。
大連の旅、続く。
(旅行時の為替、1元12.5円で計算)

原種ハイビスカスのロバツスの開花 2輪(合計620輪)
紅ちどりの開花 0輪(合計446輪)

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最終更新日  2011年12月19日 16時18分23秒
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2011年11月14日
カテゴリ:Dalian大連2011

中山広場レトロ建築めぐりをしたとこまで書いた、トラピックスの大連・旅順・金州4日間の旅10月1日、3日目。
大連ヤマトホテルやった大連賓館のロビーに集まり、10時までフリータイム30分。
ロビーの床は大理石やろうか。モザイク模様もある。
白と金の天井に、シャンデリアがきらめいてる。
迎賓廳と書かれた部屋が開いてたので、入らせてもろた。
ヤマトホテル時代には大広間として使用されてて、赤いじゅうたんに、革張りの椅子が並んでる豪華な部屋。
中曽根元首相、竹下登元首相、村山富市元首相らが大連を訪問した際、大連市長と会談したのもこの部屋やったそうや。
フロントの奥に廊下が続いてて、庭園喫茶店というのがあった。
昔は吹き抜けやったような空間に、ガラスの天井がはめ込まれた中庭のような場所。
2階にも喫茶店「大和」があって、ガイドさんや何人かのツアーの人はそこでコーヒーを飲んでたようや。
コーヒー1杯40元(約500円)でおいしいらしいけど、日本並みの値段やなあ。
大連賓館
バスに乗って、すぐ近くの魯迅路にある戦前の満鉄旧本社(現 中国鉄路局大連支局)へ。
ここは外から眺めるだけ。
ロシアが建設中だった2棟の建物に日本が継ぎ足して同じように造って3棟になってる。
ガイドさんは、左がロシア、右が日本って言うてはったけど、向かって右ということやったんか、建物の右部分ということやったんかわからへん。
正面右手の塔は、満鉄旧跡陳列館になってるようやった。
次は、大連港へ向かう。
大連の旅、続く。
(旅行時の為替、1元12.5円で計算)

原種ハイビスカスのロバツスの開花 0輪(合計612輪)
紅ちどりの開花 6輪(合計434輪)

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最終更新日  2011年12月01日 16時08分04秒
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