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星の髪飾り

星の髪飾り

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2006/04/30
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 ふたりは天竜川に添う町で暮らし始めた。 伊那町は飯田線辰野駅から豊橋に向かって

季節の盆地を走る駅の中でも、比較的栄えた町だった。 

 そして養蚕が盛んなこの地域で、茂郷は製糸会社を始めていた。 

番頭の三沢輝夫、林家の別家の長男にあたる林 幸之(よしゆき)等が戦力となり会社の

発展に努め、特に幸之は茂郷の片腕となって働き従兄弟である彼を

「兄さん、兄さん!」と慕った。 幸之は笑顔の涼しい好青年で、茂郷も彼を可愛がって

いた。 元志願兵の上、埼玉県熊谷市での数年の修行の経験も生かされ、何より努力と

大胆な行動が常だった茂郷の気質が会社を時の波に素早く乗せた。


 
 茂郷の愛情を浴びて暮らす令菜も、なかなかの働き者であった。

里が若葉色に染まり、辺りにやわらかな陽が遊ぶ田植えの季節を迎えると、早速田植えを

手伝う為に林家に出向いた令菜を家族は喜んだ。 特に父親の秀茂は「良い嫁がきた・・」

と顔を誇らす。 ちょうどその頃、公明の妻志津が二人目を身ごもっていた為、

志津を立てながら慣れぬ手つきで田植えに精を出す令菜を公明も労わった。 

 土にぬかった令菜の足は繭のように白く、日除けの麦藁帽子の後ろに令菜が付けた

桃色の布がひらひらと風に揺れている。 令菜の小さな足にできた豆を見つけた公明は

土間を歩きながらこう言った。

「令ちゃ、こっちにおいでな・・どれ、これを塗りな・・」

古い木箱の中から公明はヨードチンキを取り出すと、早速粗治療をする。 

赤く塗られたヨードチンキに込められた義兄の優しさに美しい令菜の顔がほころんだ。


 二人は多忙な新婚生活の中で幸せの絶頂にいた。 


 大谷進二は、高血圧に悩まされる母の冴と共に令菜の身体を案じていた。

令菜の妊娠を知ってから、その身を案ずる母の不安げな表情に嫁の良子も気をもんだ。

令菜は身体も小さく元々丈夫な方ではなかった上、会社を切り盛りする夫を支える多忙な

日々に暮らしが変わったことで家族に不安を募らせた。 

しなやかな令菜のお腹が膨れ始めると、着ている割ぽう着の上から茂郷は優しくお腹を

さすった。

令菜は夫の手の上に自分の手を重ねて言った。

「もうじきだでねー」

時折不調で寝込むこともあったが、何より茂郷の労わりとお腹の子が令菜を元気つけた。

 林家でも大谷家でも生まれてくる二人の子を、令菜の身体を気遣いながらも楽しみに

待っていた。 

 
 昭和30年、純白だった嶺々が薄紫色に変わり、山間からの風がざわざわと囁き始めた。

                      続く(次回5月2日 桃の実)





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最終更新日  2006/04/30 10:28:05 PM
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