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Photo by kitakitune05さん 石垣が見える台所の窓からは、わずかな採光が冬の朝を告げていた。 「おばあちゃん、卵の殻とってあるらー?」 多希子は冴にそう言いながらランドセルを開けた。 「ほれ・・たーんとあるに。(沢山あるよ)」 「新聞に包むでね、ついでにご飯粒もすこーし貰っていくでね・・」 「何に使うんずらか?・・」 良子が進二にお茶を入れながら呟いた。 「タッコのすることは、わしにもわからんで・・?」 多希子はランドセルに秘密を詰めると、てっぺんにボンボンが付いた毛糸の帽子を被り パタパタと廊下を走って行った。 「ほーい! もう行くのー?・・・」 「・・・行ってきまーす! 今日は女の秘密の日だでー!・・」 二時間目の授業の後は二十分の休み時間があった。 男子の間で流行り始めた竹馬。 ただただ広い校庭に竹馬族が散らばっていく。 「おいなー! この隙だでね!」 恵子が姫たちに指令を出すと、多希子は練り合わせたご飯と卵の殻を新聞紙に包み直し、 「いい? 三時間目の国語、七つの星のページだで! 間違えんようにね!」と言って 教室を出て行った。 蜂の巣のように規則正しく並んだ下駄箱から、乱暴に突っ込まれた臭い上履きを 手早に出し、つま先の方に奇妙な仕掛けを塗り込んだ。 汚れた両手で、ついでに流れた 鼻水を拭いた。 くじけぬ復習が、理解しがたい発想に転換する。 福沢は小脇に数冊の本を抱えて教室に入って来た。 「男子は?・・」 隙間だらけの教室を見回すと、凛と姿勢を正した生徒の顔が輝く。 暫くして、上履きのかかとを踏みながら竹の子族が戻って来た。 「なんなー! 許さんぞー!」 大将の広隆が不機嫌な顔で席に付いた。 「どうしたの?! 三時間目は始まってるのよ!、上履きちゃんと履きなさい!」 つま先が・・殻が刺さる・・・悪戯が・・と文句の連打の後、福沢は毅然と言った。 「何はともあれ、怪我は無いわね。 じゃあ、北斗七星のページを開いて・・」 多希子は転校以来受けた悪戯を束にして、この瞬間を待っていた。 「何か入っとるぞー!」 誰かが言った。 「俺も・・・白いシュルケン・・!」 「こんな所に、こんなもん入れやがってー!」 福沢は再びざわめく彼等に目を移すと、大きな腰を振りながら教壇から降りてきた。 「折り紙じゃないの!・・出しなさーい!」 訳のわからぬ竹の子族はつま先の粘々を忘れ、教科書に挟まれたシュルケンを出した。 「先生! 何か書いてあるに!」 恵子の一声が予定通り教室を突き抜けた。 福沢は教科書の中に現れた色とりどりの「とんがり」を摘まんで顔の前で眺めた。 くねくね書かれた鉛筆の文字は、どれもこれも違っていた。 銀杏の木に集った比較的たおやかな姫の数人は、不安げに俯き、もぞもぞしている。 福沢は目を細めながら読み始めた。 「僕は千鶴ちゃんと加代子ちゃんのスカートをまくりました。 正夫」 「僕は京子ちゃんのくつをプールに隠しました。 太郎」 「僕は・・・えーと、多希子ちゃんのランドセルにぞうきんを詰めました。 広隆」 「浩二君にチビ、弱虫、貧乏!と言って裏山で泣かしました。 節規君と二人でやりました。 浩一」 「ふうー・・・ほら!出しなさい!隠したのを・・・」 福沢の声は次第に大きくなった。 銀杏の木の下で見た集いの仕業に気づきながら最後の一枚を 読んだ。 「何なに? 僕は・・多希子ちゃんの給食袋に蛙を三匹入れました・・あきれた!」 「先生! 女の衆も上履きに悪戯したに! これ!・・・卵の殻と糊が詰まっとって履けん!」 「・・・授業の後、シュルケンを入れられた子は職員室に来るように! 今日の事は別の日に 確認しまーす。 」 放課後、職員室から出てきた竹の子族は、ランドセルを背負って下駄箱にやってきた。 「靴下がきたねえ・・畜生!」 職員室で横一列に並んだ族は七人。 他の学年教師が頼もしい姫に 喝采を送りながら福沢の言葉に調子を合わせた。 「見ろよ、広隆!・・・これ!」 下駄箱に貼られた画用紙を悪戯の常習犯達が見上げる。 「馬鹿か!・・・あいつ等!」 しばらくすると、誰からともなく笑い出した。 笑いは職員室にも届いた。 木の葉が数枚のったスノコの上で、彼等は幼稚で突飛な姫達に降参した。 「 次は本物のシュルケン投げるでね! 飛ぶでね! みくびらん方が身の為だに!」 続く(次回 日曜日 「初恋 若すぎた恋人」) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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