カテゴリ:カテゴリ未分類
年明けの一月十日、夕方寒風の中を駅に向かう。 車ならきっと、二十分ほどで着くのだろうと思いながら、コートの襟を左手で握りしめて 若者がしゃがみ込むコンビニの前を通り過ぎる。 やがて信号の手前に「街路樹」の看板が見えた。 街灯に照らされた洋館風の建物は、温かみのある雰囲気を醸し出していて、やみの夜に ふうっと浮いているように見えた。 店内に入ると、配置された重厚感のある家具、剥き出しの黒い梁、ステンドグラスの小窓、 レトロな照明器具、それらが寛ぎの空間をつくっていた。 さらに格子の衝立で仕切られたあたりは、「導線にも気を配っているなあ」と頷く。 迅速に店内のポイントを見渡した裕子は、決別したはずの仕事に未練がある事を知る。 認めまいと、慌てて心の引き出しを閉めようとしたが、防虫剤や乾燥剤が邪魔をする。 そして呟く。 「この情感豊なインテリア、一言でイメージするなら鹿鳴館」 さらにときめく。 「ああ、ステキ・・・・・・ここで働けるんだ! 」 そう思うと、銀座のネオンとは違った街並みに肩を落とした事など、どうでもよくなり、 面接が通った「ラッキー」に久々に笑みがこぼれる。 仕事の説明を受ける為にやってきた「街路樹」。 更衣室で与えられた制服に着替え、他の四人の高校生と「どーも」と挨拶を交わした後、 チーフの西田の指示に従って厨房へ向かった。 西田は少し大きな顔に特徴のある、たぶん流行りの眼鏡をかけていた。 とりあえず裕子が「ん? 」と思う服や小物、装いは「流行り」と言うことで片付ける事に している。 厨房では二人の男の子が、裕子達と同じ白いコックコートを着て立っていた。 ただ、サロン(前掛け)の位置が腰の下。 「俺は先輩だよ」という生意気なポーズ。 キャップも斜めかぶり。 彼等は興味の眼差しで、新米の列を待ち構えていた。 裕子は一番うしろにいた。 前の四人は、同年の先輩に幾分緊張している様子だった。 カウンターと配膳台の間を通り、やっと最後の裕子が中に入った。 「なーんだ、オバサンじゃん! 」 中の一人が言った。 「オバサン? 」 裕子は振り向いた。 歩いてきた導線はいたって単純「オバサン? 」 反射的にオバサンを探す。 誰もいない。 そう、自分しか・・・・・・ 前もって新メンバーには、女性が一人いると聞いていた彼。 大きな期待ハズレをくらった瞬間、 本来のみこむ言葉をありのまま吐いた。 それは厨房の高い天井にこだました。 空間は微妙にずれた。 揺らぎは世代の差の中で、戸惑いながら何故か微笑む。 「この子の顔は忘れない・・・・・・オバサンをなめるなよ! 」 これが、大沢竜也との出会いとなった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|