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たて続けに受けた皿の補充をすませると、小林の動きが慌しくなった。 デザートが混み始めた。 裕子はマイナス32度の冷凍庫に入る。 (息を吸って! それ! ) 気合いを入れないと、薄っぺらなコックコートのオバサンには堪える空間。 生クリームやケーキ、マンゴーなどを冷蔵庫に移動させ、いつでも小林に渡せるように 整える。 さっきのように、あれもこれも略語で羅列する西田より、静かなるベテラン小林の方に 意識がいくものだ。 (黙っているだけに大丈夫かな? と・・・・・・嫌な性格、そして私はかわいそう!) やがて2時になった。 朝の30分が時給の半分として認められないことを知り、せめて帰りは定時で帰らないと と決めていた。(人が足りない・・・・・・誰か一人休んだら、ここはパニックになる) 疲労がピークに達した裕子は、6箇所のゴミを白い大きな袋に入れる。 「後ろ、通ります! 」 「前、ちょっと失礼します! 」と声を掛け、腰を屈めながらビニール袋に詰めていく。 「節約」とあちこちに貼られているから、袋も二枚は使えない。 後ろの通路にコンクリートで囲まれたゴミ置き場がある。 裕子はズルズルと袋を引きずり、バックヤードの後ろのドアをやっとの思いで開けた。 「よいしょっ!と。 ふー、終わった・・・・・」 体重をかけて袋の空気を抜き、ついでに自分の疲れも抜きながら、腰を降ろした。 「時給の重たさ、ありがたさ」 白いゴミ袋の脇で、裕子は暫く枯れたサンタクロースになっていた。 交代で休憩に入る者、裕子や千尋のように帰る者が休憩室に集中する2時から3時。 各々が従食(従業員用の食事)を持ってやってくる。 裕子は30分ずれてやってきた竜也を見た。 「お疲れー」 竜也は少しも疲れているようには見えない。 「今日は何を食べてるの? ああ・・・・・ほうれん(ほうれん草とベーコンパスタ)ね」 竜也は1時間の休憩の後、またあの戦場に戻っていく。 裕子の隣で我武者羅にごはんを口に運ぶ矢沢も同じだ。 更衣室で着替えをはじめた千尋が「今日は奏ちゃんと一緒だったから少し疲れた」 と言っている。 「私に仕事を教えてくれた人も、きっと疲れたんだろうね」 「うん、覚えが悪いし」 竜也がそう言いながら、裕子のお冷グラスの横の携帯を持った。 「何これ? 」 「くちばし」 「ええ? オバサンは携帯をくちばしっていうんだー」 「これ、機種古すぎてプレミアつくね」 裕子はほうれん草が咽喉につかえた。 「おまえ、黙って食えよ! 一言多い奴だな、まったく! 」 矢沢が兄貴のように言った。 「新しいの欲しいんだけどね」 「あら、香川さん! それなら竜也君につき合わせて買いにいけば? 」 「別にいいけど・・・・・・ってかさあ、使いこなせんの? 」 「おまえ! 冷めるぞ、ランチ。 さっさと食べてギターでもやってろ」 矢沢が竜也の頭をちょこっと叩いた。 早番の夜は路上ライブをやっているという竜也。 色んな面で怖いものなしだ。 「あのさあ、大沢竜也君! 」 裕子が突然立ち上がった。 そして竜也の前に数歩近づいた。 千尋が更衣室の扉に寄りかかって興味深く二人を見た。 「忘れていないよねえ、あの晩のこと? 」 「んー? あの晩? 」 矢沢が「ん? 」とか細い声を出して裕子を見上げた。 裕子はサロンの紐を解きながら、一歩一歩竜也に近づく。 「言ったわよね? あの晩、仕事の説明会の時。 私を見るなり・・・・・・ 『なーんだ、オバサンじゃん! 』って! 」 竜也は少しずつ後ずさりをして、引きつった笑いを浮かべた。 「だって、だって本当のことじゃん! 」 笑いを堪える矢沢。 クスクス笑う千尋。 あまりに正直過ぎる竜也の言葉に 裕子も風船の空気が抜けるように、身体がしなしなと崩れていった。 そして多くの笑いは脳に反応して免疫力をアップし、疲れを飛ばしてくれた。 次回 世代 「鳴り響く警報機」 撮影yuu yuuさん お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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