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星の髪飾り

星の髪飾り

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2007/03/24
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 「おちぶれちゃいないよ! 年寄り扱いするな!」

倉田は何度かそう言って電話を切った。 その後無性にわびしくなって、娘の言葉を

復唱する。 お粗末なテーブルには時々送られてくる孫の写真と、タバコの吸殻、

気の抜けたビールが半分程残っていた。 

既に再婚をした妻の洋子。 一人暮らしの父親を気遣って、近くに越してくるようにと

すすめる娘。 

 年明けて間もなく、洋子によく似た香川裕子が「街路樹」へやってきた。

倉田は目を見張った。 

背格好、髪の色艶、顔の輪郭、茶色かかった瞳、薄い唇、なだらかな肩。

裕子は、平然と厨房で野菜を切り米を炊く。 まるで自宅の台所にいるように

汚れた皿をさっさと洗い、歯切れのいい返事ばかりして、おまけに自分以外のスタッフと

直ぐに親しくなった。 

 ある時裕子が若い彼等にこう言った。 

「売り手市場! 出番がやってくるかもね」

 皆が去ったのを確かめて更衣室のドアを開けた。

企業戦士だった頃の仲間の多くは、来年あたりから退職する。 

「売り手市場か・・・・・・」

 倉田は暫く黄ばんだ壁に貼られたシフト表を見ていた。



「世代交代」を突きつけられたわけでもない。 裕子に不満があるわけでもない。

今となっては自分には関係ないと言うべきか・・・・・・

ただ、鶴見の高台から川崎の夜景を見ながら、時に横浜の海を見ながら

「長くて一年・・・・・・」 

 医者に言われた残りの時間を、心のどかに終えていきたい。 

倉田は蝕んだ病巣と投函できずにいた手紙を持って、娘夫婦のマンションへ向かった。


                      撮影しっぽ2さん





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最終更新日  2007/03/24 02:00:55 PM
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