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秋の公民館は使用者が多い。 矢沢が苦労して抑えた会場に、裕子も急ぎ足で向かう。 夕暮れの街には、小さな青い星が 裸になった木にしがみ付いて仄かに煌めく。 「うう、寒い! 青いライトは余計に寒い。 電球色に光ってよ」 一階のロビーで一際目を引く竜也と奏。 先端のファッションより、恋の駆け引きオーラが 眩しくて敵わない。 「裕子さん!」 千尋は美しい笑顔で、振り向いた裕子の腕を握る。 そしてエレベーターの方を見て 矢沢の存在を知らせる。 「矢沢君!」 「お疲れっす! そろそろ上がりましょうか。 3階なんです」 裕子はとろけそうな二人にチカチカ電波を送る。 「う、うん!」 「咳払いなんかじゃ駄目っす、裕子さん。 おい! お前等、置いていくぞ!」 和服姿の数人と少し離れて、メンバーはエレベーターに乗り込んだ。 (何か嫌な予感・・・) 裕子はスティックと楽譜を胸の前で抱え直した。 隣の千尋は、白い歯をいい感じに見せながら1,2,3の数字を追う。 たった数秒が、長く感じる箱の中。 無機質な扉を開けた矢沢はすぐ照明を付けた。 思ったより狭い練習会場に、一瞬 出かかった言葉が咽喉の置くにすーっと引いた。 矢沢の苦労に頭が下がる。「ああ、いい部屋ね!」 「隣から演歌みたいなのが聴こえるけど、さっきのおばさん達?」( アホ竜也!) 「日舞。文化祭とかあるっしょ。 まあ、その辺はお互い様って事で」 暗幕が閉められた窓の傍に近寄った裕子は、さっさとドラムセットの前に腰掛けた。 「エレクトーン、アンプ、マイク、大丈夫? 音合わせするよ! ここ9時までだから」 矢沢は竜也を促しがなら準備に取り掛かる。 それを見た奏も、みぞおちの下で白い 両手を組み腹式呼吸。 千尋も裕子と同じく、腰掛けて背筋を伸ばす。 「わあ! 本当にやるんだね私達。なんか夢を見ているみたい」 竜也と矢沢がギターを抱くと、奏が少し興奮した様子で言った。 「様になってる。街路樹にいるよりカッコイイわよ」 (確かに!・・・と言いたいが、ときめくものを早々に静め、深呼吸) 「ポジションに付いたら、リーダーが何か言ってくれないと!」 裕子の言葉は、一斉に始まった楽器の音に吸い込まれて消えた。(やっぱり嫌な予感) 「ねえ! ねえったら、さあ・・・・どの曲からやるの?」 「音響、変。音が割れるし・・・・」 「イエスタデ-は矢沢君が歌うんだったよね。あの雰囲気は」 「この鍵盤だけ、音が出ないのよ!」 集まったものの、焦点が飛び散った初めての練習は、裕子が股関節を痛めて叩き込んだ 甲斐もなく「ツツタツ、ツツタツ、ドン、シャン、コン!」 「だいたい裕子さんが平然とドラムの前にスタンバってること事態、可笑しいよ俺。クスッ!」 「平然とって言われても。姿勢を正さないといい音がでないのよー。 じゃあ謹んで 座らせていただきます!って誰も聞いていないし。 ねえ!やろうよ」 老眼用と言われ、拡大コピーされた楽譜の後ろにセロテープが貼られている。 端っこはちぎれ、蛍光マーカーの色が仄かに映る。 鉛筆の走り書きが斜め上に向かって 最後は!マークで締めてある。 ( エイトビート、基本は大切に! シンコペーションを効かせる事! サビの手前は慌てない! バスドラムをおろそかにしない! ビートルズは曲をしっかり感じ取って、誤魔化さない! ) ドラム教室の若き教師と、裕子の後にレッスンを控えた高校生が事情を知って 容赦なく鍛えてくれた証しの文字。 (予感的中。 このざわめきにムキになるエネルギーを、スティックに充電しよう) 「おまえら、やる気あるのかよ!」 矢沢がマイクを握って言った。 (や、や、矢沢君~ 私が20年遅く生まれていたら・・・・君は私の恋人だった?) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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