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♪戸惑う人の背に降りつける雨・・・・・♪ 竜也の歌声に各々の音が加わると、裕子は鳥肌が立った。 緩やかなメロディーと話し かけるような詩を丁寧に味わう空間が温度を上げはじめる。 胸の鼓動がスティックに伝わり、配置された7種類のリズムに弾け散る。 (もう、大丈夫!) ♪一緒に泣いてくれた友の隣でほほえんでいた・・・・ 旅立つ君をただ黙って送った父の・・・・涙を受けとめて・・・♪ フロアードラム、ハイハットシンバルに左右の足、クラッシュシンバル、フットドラムは 右手、スネアドラム、スモール&ラージタムが両手。 あれほどの神経の硬直が一旦解けると不思議なパワーが地の底から湧き上がる。 (宇宙の中に竜也がいる。 みんながいる・・・一体になって弾けてる) こみ上げる感動とオバサンの図々しさは、次があるとは限らないステージで自在な 迫力となる。 倉田の視線が一点に集中した。 「厨房のあの人そのものだ・・・・両手両足が分裂して」 ちゃっかりチケットを拝借して、隠密で会場にやってきた秀明が目を丸くした。 「あいつ・・・開き直ってる。 狂ったオバサン」 ♪僕を知っているだろうか? いつもそばにいるのだけど MY NAME IS LOVE ほら 何度でも僕達は出会っているでしょう そう 遠くから 近くから 君のこと見ている・・・・♪ 「次は俺のギターのサビ。 シンバルは思い切り打て!」 竜也が輝く瞳で裕子を促した。 「わかってるよ竜也!」 裕子は様にならないウインクをした。 (シワが増えるよ) 竜也が笑った。 千尋が目を細めて最高の笑顔を魅せた。 矢沢が体に波を起こしながら到達を迎える瞬間に酔う。 裕子のスティックが大きく飛び散った後、曲が静かに終わっていった。 竜也は余韻を胸に充満させた客席に語りかける。 そして奏を見た。 奏はゆっくり前に進み両手でマイクを握り締めた。 思わず祈った。 メンバーの誰もが同じ時空にいた。 「では皆さん! 最後に奏が歌います。・・・・素敵なイブに捧げます」 ありきたりのジーンズの上に羽織った白いシャツが、柔らかいライトで純白に輝いた。 誰もが妖精のように美しい奏を見つめている。 静寂の中に溜め息が漏れ、やがて甘い口元から潤いのある声が流れ出した。 アメージング・グレイスを声量豊かに歌う奏。 (パパ・・・聞こえる? パパに届くように歌っているのよ) 才能を開花させた奏に多くの人がうっとりと聞き入る。 黙っていられないダンスサークル熟年層が、ひそひそと右に左に顔を寄せ合う。 「凄いわ、あの子! プロみたい」 「埋もれているものよ、本物って・・・」 「あんなキャシャな体から、この声量!」 透き通るような歌声は果てしなく空高く、雲をわけて昇って行く。 虹に出会って尚ほほえみ、太陽に到達して一緒に海を照らす。 二番に入って曲のうねりを迎えると、四人は空から落ちる小雪のように優しくそれぞれの 音を加えていった。 魅了した魂の歌は喝采の中で終わりを告げた。 奏はこぶしを握りしめ、そっと瞳を閉じた。 倉田は早々に闇の扉を開けた。 同じように席を立つ中年の男がふたり。 ひとりは秀明だった。 会場を出てバス亭に急ぐ倉田に、男が小走りでやって来た。 耳の辺りの髪が白く、倉田よりちょっと体格がいい。 男は頬を紅潮させていた。 「すみません。 このバスは駅に行きますか?」 次回「世代」 最終章 photo byしっぽ2さん お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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