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シーン 6 「決断」 その日大谷家の座敷では、多希子を抱いた長女の幸(さち)と進二夫婦が、冴と静かに話していた。 縁側の窓を数枚開け、吹き込む風で涼を取った。 「それがこの子の為だでね」 「茂夫さだって直ぐには再婚せん。 どいれ辛くておるで」 令子の亡き後、忘れ形見となった多希子を誰が育てるかという現実が待っていた。 多希子は、ぼんやり見える叔母の顔に口元を歪ませている。 「真沙が多希子の母親になるしかないと思う」 進二が大きな溜息の後、呟いた。 「他人(継母)にこの子を育てさせるなんてできんでね」 幸が、ふっくらとした腕の中で眠る多希子を見つめながら言った。 その時、突然襖が開いた。 白いブラウスの衿の所まで、お下げの髪を垂らした真沙が立っていた。 「義兄の所に嫁ぐなんてできん!」 「お、おまえの気持ちも、わからんわけじゃない。ただ・・・」 幸は澱んだ空気の中、冴に目を移した。 娘の死に目に立ち会えなかった小さい母の姿が痛々しい。 そして幸は進二に同意を求めるように話を続けた。 「母さんが心労で倒れたらどうする? 頼むで真沙!」 「母さんが・・・」 真沙は言葉を失った。 その時大きな声に反応したのか、眠っていた多希子が突然泣き出した。 「この子を守らんと令子が悲しがるに」 「真沙、わしの具合が良くなるまででいいに。 わしは元気になるで!」 冴の息づかいは、魂から発する息吹に満ち、心に合わないことを突きつけられた真沙を揺さぶった。 真沙はしばらく立ったまま俯いていたが、ふいに背を向け、部屋を出て行った。 暑い日差しを溜め込んだ石垣に寄りかかった真沙は、停滞を許されない太陽から言い知れぬ攻撃を浴びた。 やがてゆっくり空に向かった真沙の瞳は、沈黙を破ったように潤みはじめた。 photo by kitakitune07さん 次回 「永遠に」 第二章 シーン1 「れんげ畑」 しばし、昭和の懐かしい風景をお楽しみください。 めぐみ かおと お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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