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![]() シーン17 その晩、冴と良子が五平餅をこしらえていた。 良子は膝の先ですり鉢を支え、味噌に山椒や胡麻を加えて擂りはじめた。 冴は小判型に丸めたご飯を、竹串に三つずつ刺して網の上に並べていく。 ふたりの手は魔法のように動いていた。 「何しとるの?」 囲炉裏の上の天井は高く吹き抜けており、煤で黒く覆われている。 「今夜はタッコちゃのお祝いだに。 五平餅をこしらえとるの」 「いい匂い! 囲炉裏の炭で、お団子の行列を焼くの?」 「そうだにタッコ、ここに座りな」 冴は隣に多希子を座らせ、小さい手をとった。 「タッコ、五平餅は伊那谷のご馳走だでね。 たんと食べて大きくならにゃあ」 「うん」 暫くすると、ごはんに塗った小判の味噌がじりじりと動き出し、香ばしい焼き色を作っていた。 「いい匂い!」 多希子が屈みこむと、小さい冴の顔が誇らしげに膨らんだ。 進二が息子の勝樹を連れて囲炉裏端にやってくると、竹串にしがみ付いた歪な小判を見て微笑んだ。 「さあ、みんな揃ったで食べめえか」 こうして、図々しく行列に加わった多希子の傑作は皆の心を和ませ、歓迎会には胡麻や山椒に負けない、心の香辛料が漂った。 こうして新しい家族との暮らしがはじまった。 オルガンの下で眠るランドセルには、去った人のぬくもりが詰まっていた。 夜が深まるにつれて、天竜川が自然の息吹を唸らせた。 雄大かつ繊細な流れの運びは、心の色に沿って和音を奏で、多希子の五線譜に新たな音色が加わった。 次回 「転校生は町からやってきた!」 photo by しっぽ2さん お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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