名作落語大全集

「昔から何でも疑問に思うと調べるのが趣味で」
「変な人ですからねえ」
「お前の考え方の方が不思議だ。疑問を解明するために、脳波を取らせてくれ」
「いいですが……脳波ってどうやって取るんです」
「頭を二つに割って」
「お断りします」
「さて、その調べた一つについて、今日からシリーズで」

　　　決闘！巌流島　　１：富田勢源

　富田五郎右衛門は、越前の国朝倉家の家臣で中条流小太刀の名手であった。目を患って弟に家督を譲り、出家して勢源と名乗った。永禄２（１５５９）年のことである。
　翌年の６月、美濃の国主、斎藤義龍は、勢源が美濃へ来ていることを知った。
　この義龍については説明を要すまい。美濃の蝮と呼ばれた斎藤道三の息子である。が、母は土岐頼芸の妾であった女性で、小説『国盗り物語』では美芳野と呼んでいる。道三は美濃の国盗りに当たって、後を継ぐのはこの女性が生んだ子であるから頼芸の子であり、自分が乗っ取るのではないという形を取った。成長した義龍は、自分が道三の実子ではないことを知ってこれを滅ぼす。弘治２（１５５６）年のことである。隣国尾張の国主は織田信長で、これは道三の娘である濃姫（これも美濃の姫というニックネーム）を嫁にしていて、道三の弔い合戦という大義名分で攻撃を仕掛けてくる。義龍は足利幕府に取り入って正式の大名となり、近江の六角と同盟を結んだ。それで信長は攻めあぐねるのである。
　永禄２年といえば、とりあえず信長の侵攻も進まず、少し落ち着いた時期である。義龍は翌年５月３４歳という若さで亡くなり、龍興が継ぐ。これを期にまたしても信長が攻め込むが撃破され、信長は周辺から押さえて行く作戦に切り替え、永禄１０（１５６７）年、ようやく稲葉山城を落として美濃を乗っ取る。龍興はわずか２０歳で国を失い、結局二度と大名に返り咲くことなく、２６歳で死ぬ。
　戦国時代の歴史からいえば、富田勢源が美濃へ来た直前、５月に今川義元を桶狭間で破って力を見せた信長が、この美濃を奪うことで地元を安定させ、天下統一の足掛かりとすることになる。道三の死から１１年掛かりでの侵略成功ということである。
　さて、話を戻そう。武芸愛好家であった斎藤義龍の師は梅津六兵衛という神道流の達人である。この六兵衛が勢源が来ているという噂を聞きつけ、ぜひ手合わせをしてみたいと思い、寺にいることを知って使いの者を出した。ところが、勢源は承知しない。何度か願い、遂には卑怯者呼ばわりしても駄目である。これを耳にした義龍が、ぜひ腕前を見たいということで使いを出すと、とうとう勢源も承知した。
　試合は７月２３日である。当時のしきたりで、御前試合というものはない。義龍が見に来れば、六兵衛が発奮するか、逆に余計な力が入るか、実力のままの試合とはならないのである。そこで、立ち合い人だけが試合を見守った。
　六兵衛は三尺四寸というから１１０センチ余り、勢源は一尺余り、４０センチ足らずの木剣を手にした。勝負は一瞬であった。六兵衛は額を割られて息絶えた。
　話を聞いた義龍がぜひ会いたいと申し出るが、遺恨を持つ者がいるかも知れないというので勢源は登城しない。そこで旧主である朝倉家を間に入れて申し入れ、もう断り切れない。勢源は弟子を名代として城に送った。この者を勢源本人と考えて良いという紹介付である。だから、六兵衛の敵を狙おうとする者からは、この弟子を斬れば敵を討ったも同然ということになる。この弟子の名を佐々木小次郎という。