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9:パーエルの話
そう、ロラ先生の紹介でうちの先生の所へ来たのがニコロだった。うちの先生は作曲家のギレッティ先生だ。先生もニコロのヴァイオリンには驚いたが、それ以上にほれ込んだのが私だったんだ。 先生と二人掛かりで教えたんだが、ニコロの吸収力はすごいものだった。面白くてたまらないんだな。わずか三月で四声のフーガを二十四曲も作ったんだよ。ソロのヴァイオリンでフーガを演奏するなんて、我々は考えもしないが、ニコロはやろうとした。まあ、かなり無理があるので曲そのものが面白くないんだ。とにかくすごい数を作ったんだ。ソナタはもちろん、この頃イタリアだけでなくヨーロッパ全土で流行っていたポロネーズ、ワルツやカンタービレ、二重奏など山のように作ったんだ。まだ大きい編成でも四重奏くらいだった。協奏曲を作るのはもうちょっと後だ。 これだけの作品があって、私もギレッティ先生もほとんど全部ほめたよ。ところが本人は不満だったらしいね。二三日すると全部捨ててしまっているんだ。美しいメロディや素晴らしい展開部分は記憶しているのか、後で他の作品に転用しているんだが、ここまでの作品は一つも残していないんだ。 ロラ先生がパルマ宮廷へ連れて行き、演奏会でも一緒に二重奏などを聞かせていたので、フェレンツェでも大変な人気になった。貴族たちはニコロを招いて演奏会を開きたいが、予約待ち状態でね。キャンセル待ちまで毎日何件も重なっているという状態さ。 さて、宮廷出入りの画家でパッシーニという人がいたんだ。ある日、この人が楽譜とヴァイオリンを宮廷に持ち込んだ。ブニャーニャという作曲家がパッシーニのためにヴァイオリン協奏曲を書いてくれたというのだが、回りのヴァイオリニストでは演奏が出来ない。ニコロが初見演奏が得意だと聞いて、演奏してくれるよう頼んだのだ。ニコロは喜んで演奏を引き受け、パッシーニ持参のヴァイオリンで演奏した。言うまでもないが、完璧に弾いただけではない。オーケストラの部分には即興的な和音や旋律を入れて聞かせたのだ。 聞き終わったパッシーニは、 「素晴らしい。そのヴァイオリンはベルゴンツィという名器だが、私が持っていても仕方がないので、使ってくれ。」 とヴァイオリンを寄贈したのだ。この名器がまた町の話題になった。それから一年間に十二の町で演奏会を開いた。個人邸宅ではない、演奏会場でだよ。オペラならともかく、個人で演奏会をやって満員にするんだ。信じられないことをやったんだよ。 ああ、相当儲かったんだろうな。ああ聞いているかい。父親が全部懐に入れたのは間違いないよ。年間六百ツェヒーネ、日本円では六千万円くらいか……物価が違うからもっと上だろうね。それがどうなったかって……もちろんニコロの父親が全部カジノにつぎ込んだよ。一七九八年に親子でジェノヴァへ帰る時には一文無しで、私がこっそりニコロに小遣いをやったほどだよ。 ※ ※ ※ MS.25 24の奇想曲 カプリース カプリッチョ 生前に出版された室内楽以外の唯一の作品。技術を盗まれないためにか、難しい技巧は一切使われていない。最後の24番「主題と変奏」がやや長いが、おおよそ3分前後で演奏できる小品集。 9番の「狩り」は有名。ホルンとフルートを模したもので、合間にヴァイオリンらしい音階練習が入る。リストの編曲もよく演奏される。 13番は半音階を使う独特の雰囲気で「悪魔の微笑」と呼ばれる。パガニーニはこれをよくアンコールで演奏していたという。 24番の「主題と変奏」はおそら世界でも最も有名な作品で、クラシックファンなら知らないはずがないというリスト、ブラームス、ラフマニノフからミュージカルでお馴染みのロイド・ウェッバーまで、私のコレクションだけでも30人以上がアレンジしている。シューマンは作品3と10で半分の12曲をピアノで演奏しているが、この「主題と変奏」は続編で使うつもりだったのか、書き上げていない。 パールマンのレコードが、一つ一つでなく、全体を一つの作品であるかのように演奏していたのが印象的。途中で弦が切れたのが分かるが勢いがあってそのまま演奏している。カラー、クゼルコフ、ミレンコヴィチ、その他多数。シューマンが付けたピアノ伴奏で演奏しているのがギャレットだが、なぜか24番だけは原曲。チェロ、フルート、クラリネット、サックスなどへの編曲も多く演奏される。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2017.02.13 19:05:16
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