【粗筋】
新左衛門の長男・新五郎は、屋敷へ戻って父の死を知り、墓の前で腹を切ろうとしたところを、下総屋の主人に止められ、身分を隠してその店で働くことになる。その女中に、宗悦の次女・お園がいた。お互い素性を知らぬ二人であるが、新五郎はお園が好きで好きでたまらなくなる。一方お園の方は新五郎が嫌いで嫌いでたまらない。いい男で親切なのだが、どうしたことか、そばへ来ただけで虫酸が走る。風邪で寝込むと親切に看病してくれるが、どうしても好きになれないのである。
11月20日、蔵の塗り替えの日、思い詰めた新五郎が物置へ入ったお園を追って、藁が積んである上へ押し倒した。この藁の下に押し切りという刃物が隠れており、その上へ押し倒したためお園を殺してしまった。毒食わば皿までと、店から100両を盗んで奥州仙台の剣術の師を頼って出奔する。
数年後、師が死んで江戸へ戻った新五郎、昔屋敷に奉公していた勇二という男を訪ねる。勇二は既に亡く娘が応対するが、この亭主が同心の手先だったので、すぐに手が回
捕り方に囲まれて屋根へ逃げた新五郎、墓場へ逃げる道を見付けたが降りる足場がない。幸い藁が積んであったので、ここへ飛び下りた途端、「あ痛たッ……」
藁の下に押し切りがあって、その上へとび降りたから、土踏まずを深く斬り込み、歩けなくなって捕まってしまう。お園が死んでちょうど3年目の祥月命日にあたっていた。
【成立】
安政6(1859)、圓朝21歳の作。原作の第8話から14話まで。文化5(1808)年に初演された「累(かさね)」が初代豊国の筆による「伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)」に描かれている。
【一言】
新五郎がお園の部屋へ入って来て、何だかんだと言いながら、一分でも長くそこにいたいという気持でいるところなどは、よく出来ていますね。「あたしの煙管の雁首は、こんなにつぶれてしまったよ。」なんてとりとめのないことを言いながら、お園に恋い焦れている気持が滲み出してくる、あそこは圓生⑥さんが巧いんで聞き惚れました。いくら作が良くたって、ああいうところは下手な人がやったら、とりとめがなくなって、何が何だかわからなくなります。(宇野信夫)
● 宗悦に娘が二人ある。妹のお園が谷中七面前の下総屋という質屋へ女中奉公していると、深見新左衛門の総領息子の新五郎が突然現れて、下総屋の主人惣兵衛に助けられて同じ質屋に奉公に来て、カタキ同士の美男美女が落ちあうことになるのだ。新五郎はおそのに惚れる。おそのが病気をした時など、痒い所に手の届くような親切を尽くして看病してくれる。が、おそのの方は相手がカタキとは知らないが、不思議に虫が好かない。これはどうにもならない。それを、新五郎がどうにかしようとしていい寄る。このどうにもならない男女のムチャクチャを、描きようのない場面を描いて見せる橘家圓喬の腕前に私は感心した。(小島政二郎)
【蘊蓄】
侍がその身分を捨てて町人になるという設定は江戸末期でなければ無理。第1話でも、父新左衛門が生活にも切迫している様子など、幕末の苦しい侍が描かれる。