【粗筋】
道楽が過ぎて家に閉じ込められた若旦那、ぼんやりしていても仕方がないと、飛行機を発明することにした。番頭が呼ばれ実験台になれば十円をやると言われてその気になった。鳥の羽の形のように手を背中の方で羽ばたかされる。とうとう逃げ出してしまった。出入りの職人の佐助が番頭から話を聞くが、まさか実験にはなるまいと、若旦那に挨拶に行く。さあ、若旦那の飛行機の講釈が始まる。手を動かすと、鳥と同じように翼が動いて飛べる。船と同じように、片方を動かすと方向を変えることも出来る。
「さっそく屋根の物干しに上がって実験すると、見事に空に浮かんで落ちない」
「そりゃすごい」
「しかし方向も変えられない。どうしたことか……見回して分かったよ」
「どうしたんです」
「雪隠と物置の屋根の間に落ちたが、羽根が引っ掛かって下へも行けない」
失敗だったのだ。そこで新しい実験、金品で買収して佐助を縄で一番高い梁の所までぶら下げる。この縄を切って、落ちる時の速度を計測するのだ。
「若旦那、金も何もいりませんから、命ばかりはお助けを」
「未練なことを言うな、たとえ死んでも世の中の役に立つのだ」
「うわあ……人殺し……」
グワラグワラ……ドスーン。
「佐助、しっかりしろ」
「ああ、もう死んだ……」
「嘘をつけ。大布団を十枚重ねた上に落ちたんだ」
「あ……ああ……安心したら腹が減った
「どうだ、高い所へ上がるのは、天にも昇る気持ちだったろう」
「へえ、天国へ行くと思いました」
【成立】
大正4(1915)年『新作落語口演揃』にある。作者不明。
【蘊蓄】
飛行機を発明したのはライト兄弟で、1903年に世界初の飛行に成功したことになっている。その2年前にグスターヴ・ホワイトという人が、成功しているという説もあるようだ。ライト兄弟のものは、4度の試技で、1回目12秒、36.5メートル、4回目59秒、259.6メートルとある。
日本では、明治22(1889)年、軍の歩行訓練で香川県の山中を歩いていた山中忠八、カラスが飛び立つのを観察して、空飛ぶ乗り物を考えた。竹トンボとゴムで動力とし、木で作った骨組みに紙を貼って作った飛行機を5分間飛ばすのに成功した。もちろん人間が乗ることは出来なかったが、世界の飛行機がまだ風に乗って浮き上がるという時代、初めて動力を積んだ物だった。
日露戦争を経て、軍隊は飛行機の必要性を感じ、明治43(1910年)にフランスから4機の飛行機を購入し、国産の研究にとりかかった。ライト兄弟からわずか7年目である。尚、上方落語で江戸の飛行機が出て来たはずだが、今ちょっと行方不明。またいずれ。
江戸の昔、平賀源内(1726~80)が飛行機をデザインしている。3つ残っているが、2つは実際に飛ぶことが可能らしい。人が乗れるかどうかはまた別問題。江戸の町では凧揚げすら禁じられていたから、実験をするなら浅草とか両国辺りになるのだろうが、実際に作ってくれる職人もいなかったのだろう。
