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助産婦メモルの日常~Happy Birthな毎日~

生命って・・・



生命って・・・

結婚して10数年、Iさん夫婦には子どもができなかった。

結婚して3年ほど経った時、どちらかが不妊症なのではないかと思った。
不妊治療も考えた。
でもあくまでも自然妊娠にこだわった。

私たち夫婦に子どもができないは、私たちがまだ親にはなれないと神様が言ってるんだ。

親になれるよう、神様が認めてくれるまで二人で頑張ろう。

そう決めてから、はや10年近く。
二人にはまだ、子どもは授からなかった。

妊娠なんてなかばあきらめかけていた。

ある日、Iさんは生理があまりにも来ないことに気付いた。
もともと生理不順なので、1か月や2か月とんでもあまり気にしなかった。

でも今回は3か月もきていない。

もしや、と思って妊娠検査薬で確認した。
結果は陽性。
Iさんはすぐに夫の会社に電話をし、妊娠を報告した。

電話の向こうで、夫は何が何だか分からないといった様子だった。

ようやく気を落ち着かせて、言ってくれた。
「じゃあ明後日、一緒に病院に行こう。」
夫の会社が休みの日、一緒に病院に行くことになった。

そして、自宅から近い産婦人科に夫婦そろって、訪れた。
「妊娠してますね。」
医師は言った。
二人は手を取り合って、喜んだ。

その日の夜はワインで乾杯した。
「これからは赤ちゃんのためにお酒をやめよう。僕も一緒にやめるから。」
そう言って、最後のお酒を楽しんだ。

3日後、Iさんはトイレで異変に気付いた。

出血。

「流産?」
いやな予感がIさんを襲った。
すぐに夫の会社に電話をした。
外回りに出ていて、つながらなかった。

Iさんは、実家に電話をした。
涙が溢れ出てきた。

タクシーに乗って、お母さんが来てくれた。
「大きな病院で確かめてもらいましょう。」
お母さんはそう言って、タクシーで家から少し離れた病院に一緒に来てくれた。

エコーで診察してみると、確かに胎のう(胎児の入っている袋のようなもの)は確認できた。
しかし赤ちゃんの姿も、心音は確認できなかった。

最終月経から考えた現在の週数では、勾玉のような胎児が見えるはずである。
そして、心音が確認されるはずである。

しかしIさんの場合、月経不順なので、現在の週数が狂っている可能性もある。

胎のうの大きさも、現在の週数にしては小さすぎる。
胎児がまだ小さすぎて、見えない可能性もある。
流産すると胎のうが見えなくなるか、変形するかだが、胎のうはきれいな形で残っている。

医師はそうIさんに説明し、1週間後再受診するように言った。

Iさんはとりあえず流産と診断がおりなかったことにほっとした様子だった。

しかし、医師はカルテには
『次回、D&C』
と書いた。

医師は、ほぼ流産と確信していた。
D&Cとは子宮内清掃術、流産の時に行われる手術である。

1週間後、Iさんは再受診した。
やはり胎児の姿は確認されなかった。
1週間前には丸い形をした胎のうは変形していた。
胎のうの中には胎児はいない。

流産と確定された。
すぐにD&Cが行われた。

Iさんは泣いていた。
夫も泣いていた。

メモルは「赤ちゃんに名前をつけてあげてください。」と提案した。
そして「誕生日も決めてあげてください。」とも言った。
「赤ちゃんは確かにIさんのお腹の中に生きていたんですよ。」

返事はなかった。
「お酒を飲んだのが悪かったの?」
「自転車に乗ったのが悪かったの?」
「私の子宮が悪いの?」

まだショックから立ち直っていない。
Iさんは自分を責め続けていた。

D&Cの術後、入院の必要はない。
でもIさんの場合、精神的ショックが大きく、1日だけ入院することとなった。

医師から、流産は原因不明のことが多いが、多くは赤ちゃん側に何らかの原因があり、
生きられなかったのだと、自分を責めなくてもいいと説明された。

一晩中、Iさんの泣き声が聞こえていた。
夫はずっと一緒にいた。
メモルは少し後悔していた。名前と誕生日を決めてあげてください、と言ったことを。
そんなに早く立ち直れるはずがない。立ち直る必要もない。
退院してから、ゆっくり気持ちの整理をしたって、全然よかったのに・・・。

次の日、夫と一緒にIさんは退院することになった。
ナースステーションに寄ったIさんは言った。

「赤ちゃんの名前、決めたんです。」

「誕生日も決めました。検査薬で妊娠が分かった日にします。これから毎年お祝いしてあげます。」

「また妊娠したときにはよろしくお願いします。」

一晩かけて、夫に説得されたのか。
Iさんが自分でそういう気持ちになれたのか。

昨晩Iさんの病室内で何があったのか、分からないが、Iさんは笑顔だった。

メモルはずっと思ってた。

望まれても望まれても、生命としてすら誕生できない命もある。
流産もある、死産もある。

そんな中、生きて産まれてくる命は、たとえどんな障害があっても、今後生きていける力を持っているのだと。
ただ、その力が弱いだけ。他の赤ちゃんより、たくさんの助けが必要なだけ・・・。

でも、メモルは考えた。
ほんとに産まれてきた命だけが生命なのか、と。

流産や死産だって、たとえほんの数週間であってもママのお腹の中で確かに赤ちゃんは生きていたんだ。

メモルはほんとの生命の意味を間違っていたのかもしれない。

生命って簡単に言えるけど、その内容はとっても難しいものなのかもしれない。

流産や死産という現実を受け止めることは、そのママにとってもメモルにとってもつらいこと。

だけど、確かにこの世に産まれてきた生命のあったこと、ママには絶対忘れてほしくないし、メモルも忘れたくありません。




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