麺聖の重文<琵琶湖線その2>の旅
午後の部再開、篠原駅下車から。道路脇にある重文 安養寺跡五重石塔。鎌倉中期。新幹線が田んぼの中を走るがその頻度と振動というか風圧というかかなり遠くからでもあっ来ると分かる。琵琶湖線も新快速が停車する駅は良いが鈍行しか止まらない駅は1時間に2本しか走ってない。それに自動改札を使えなくなる(途中下車には制限回数はないが、自動改札には制限がある)と駅員がいない駅では呼び出すのに2,3分かかることがあり、ギリギリだとハラハラする次は安土下車、。安土城ってこんなに遠かった?歩いて30分近くかかる。安土山は臨済宗妙心寺派の遠景山摠見禪寺の所有らしい。大昔は自由に入れたと思うけど700円、それにしても駅は閑散としてたが、駐車場は盛況〜。500円余分払い伝徳川家康邸跡の摠見寺仮本堂へ。ここの石垣は焼けてない。茶室でお茶を飲み一服して、さあと大手道を登るともうへとへと。天主跡には向かわず当初の目的の重文 摠見寺三重塔と二王門、力士像を見る。これらは築城にあたって他から移したもの。三重塔は室町時代中期、二王門と力士像は後期。安土城から駅を通り越して35分歩いて浄厳院、浄土宗の金勝山慈恩寺浄厳院。重文楼門 ・本堂。室町時代後期、本堂は移築。お彼岸なのか本堂の扉が開いてて平安時代後期とされる重文の丈六阿弥陀様もいらっしゃったので手を合わせた。まだ15時過ぎなので彦根に向かうことに。時間的にここで打ち止めかな。千代神社本殿へ。本殿はほとんど隠れて見えない。神社自体を別の場所から移築したみたい。桃山時代。この辺りは彦根城の外堀跡。ここで夕方になり京都に戻ることにした。かなり暑くてこの行程は10月以降にするものだろう。歩数は4万歩になってた。午後は重文は8つ見たけど指定件数では7件かな。