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テーマ:重要文化財を尋ねる(403)
カテゴリ:国宝・重文
さて展覧会での重文1件ではちょっとコスパが悪い。加えて昨日は空が青いハイキング日和、帰路に瀬戸大橋線を無人の木見駅で降りて、熊野神社まで歩くことに。日本第一熊野十二社権現宮と称する。 ハイキングの目的は重文 熊野神社本殿。熊野神社は紀伊国の熊野本宮を遷座。十二社権現が神仏分離令で熊野神社と修験道総本山の五流尊瀧院に分かれた。 五流尊瀧院の本堂にあたる護摩堂は離れた場所にあるが、三重塔なんか本殿に近接しており敷地も建物もじっくり見てもどちらのものか区別は無理。
社殿が第一殿から第六殿まで六棟が順番でなく並び重文はどれか一目では不明。よく見ると消えかけた立て掛けた板に重要文化財とか県重要文化財とか書いてる。真ん中あたりの室町後期の第二殿が重文。後は新しめで藩主池田公の造営。
五流尊瀧院の重文 石造宝塔(後鳥羽上皇御影塔)は後鳥羽上皇の一周忌供養のため皇子の頼仁親王と覚仁親王により熊野神社南方に建立したもの。閉鎖空間にあると思ってたからこんな近くにあって見られてラッキー。覚仁親王が五流尊瀧院の住職になったそうで現在の管長に至るまで子孫らしい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.05.14 14:28:23
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