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メオタイ イン プーケット

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妊婦生活

2006.11.21
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カテゴリ:妊婦生活
お陰さまで、我が家の泣き虫菜々ちゃんも1ヶ月となった。
菜々ちゃんは今日もほとんど寝ないで、一生懸命泣いている。(苦笑)
が!大変伸ばし伸ばしになっていたが、自分でも忘れてしまわないうちにそろそろ出産時の事を書き止めておきたいと思う。

出産前夜。(帝王切開の手術前日)
ビビリーな私は全く寝られず。
もともと睡眠障害持気味の私は、少しでも気になることがあったりするととたんに寝られなくなる兆候がある。
こんな時にぐうすか寝られる鉄の心臓がほしいと常に思っているが、こればっかりは性分なので仕方がない。

ほとんど寝られないまま、10時からの手術に備え8時までに病院に行かねばならず、7時半に家を出発。
前回と同じく、オヤジの母が張り切って登場。
息子、オヤジ(私の主人)そしてオヤジの母というメンバーで病院に向かった。

到着後手続きを済ませ、車椅子で病室に。何故車椅子なのだろう。そして何故かそれをうらやましがる息子。
帝王切開なので、それに備え剃毛、浣腸等の準備を病室で行わなければならない。
がしかし。
前回剃毛時に大切な所をカミソリで間違ってさくっと切られるという痛~いトラウマを持つ私。
今回もそんなことがあってはならぬと2日間かけて自分で剃りましたよ。
大きなお腹を抱えてのセルフ剃毛はかなり大変ではあったけど、また大切な所を看護婦の前でおっぴろげて挙句の果てに切られちゃうよりはましだもんね。

前回はオヤジとオヤジの母が手術室まで入ってくるというハプニングがあったが、オヤジが入ってきても手術のあまりのオカルトぶりに壁しか見ていないというへなちょこがいても何の役にも立たないため、入室をお断りした。
「じゃあ、お母さんについていってもらうか?」
と聞くオヤジ。これも丁重にお断りする。
最後まで息子が
「俺が一緒に行く。」
と言って聞かなかったが、子供が手術室に同伴するなんて許可されるわけがないと思いお断り。

前回は手術室でしばらく一人で放置された覚えがあるが、今回は数人の看護婦が入れ替わりたちかわり何やら忙しそうにしていた。
しかし、前回はクラッシック音楽が優雅に流れていたのに今回は何やら軽快なタイポップスががんがんかかっていた。何故に?

そこでチョット笑いがこみあげたが、手術台に乗せられた瞬間に私の緊張感はマックスに。
「もしかしたら、手術中に何か問題がおきて死んじゃったりしたらどうしよう」
とか
「ああ、こんなことだったらもっと息子にいろいろ言い残しておけばよかった」
とかどんどん思考はネガティブな方向に。
この時に頭の中は息子の事ばっかり(ああ、あと私の母と父の事も考えたよ)で、オヤジの事は1ミリたりとも出てきませんでしたよ。
そんな事を考えててたら、涙が止まらなくなってついには手術台の上で号泣。

号泣していたら、ついにそこに麻酔医が登場。
今回の麻酔医は明るいおばちゃんの先生で、とにかく登場したときから最後までしゃべりまくり。
きっとこれが彼女の戦法なんだろうけど、ナーバスになってた私はこの戦法にかなり助けられたと思う。
最初の難所である、腰に打つ麻酔(何ていうのかわからないので)も彼女のおしゃべり戦法で難なくクリアー。

次はその麻酔が効いているか効いていないかを確かめていくのだが、つねられたりしてもその感触をまだ感じる為妙にこわい。
だって切られてる時に痛かったりしたら、それこそホラーじゃあないですか。
「まだ痛いような気がする」
と訴えても
「気のせいです」
で片付けられる。
そこに担当医でもあり本日の執刀医でもあるスパキット先生登場。

手術中も涙が止まらない私を、ノンストップのおしゃべりで励まし続ける麻酔医。
痛くはないが、体の中をかきまぜられているような感触が怖さをかきたてる。
時折お腹が持ち上がるような感覚もあるが、実際帝王切開って子宮自体を引っ張り出すらしいのであの時がそうだったのかも。
15分ぐらいして麻酔医が
「頭はもう出ましたよ。これから体を出します」
と言った。
それから程なくして手術室に響き渡る赤ん坊の泣き声。
どうやら無事お腹から出た模様。

しばらくして看護婦さんが
「元気な女の子ですよ。2,760グラムです」
と見せに来てくれた。
「五体満足ですか?」
と聞くと
「五体満足だし、大変元気です」
と教えてくれた。

この時新生児とは思えないほどはっきりした二重まぶたの目を見開いていた娘。
「なんだかものすごく大きな目だなあ。私の子供のときのような細い目じゃなくて良かったなあ」
と思いつつ急な眠気に襲われて意識がほとんどなくなった。









Last updated  2006.11.21 18:54:53
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2006.10.25
カテゴリ:妊婦生活
大変ご報告が遅くなりましたが、10月17日午前10時47分、2760グラムで健康な長女が生まれました。
名前は以前から息子と考えていた、菜々と名付けることとなりました。

やはり予想通り、前回の帝王切開の時とは比べ物にならないほどのつらさだったのですが、4日間の入院の後21日に我が家に帰ってきました。
しかし、今回はなんといっても7歳になる長男がかなりお手伝いをしてくれる事、2人目でかなり手馴れた調子で沐浴やオムツ換えを協力してくれるオヤジのお陰で前回よりもかなり楽な退院後を過ごしております。

自分が忘れてしまわないうちに書いておきたいことは山のようにあるのですが、これは追々娘の就寝中を見計らってアップしていきたいと思います。

妊娠中はたくさんの方に応援をしていただき、また入院中もたくさんの方がわざわざお見舞いに来てくださいました。
改めてご挨拶をさせていただきたいのですが、とりあえずこの場を借りてお礼を言いたいと思います。

無事に健康な娘を授かる事ができ、全ての事に感謝しております。
本当にありがとうございました。






Last updated  2006.10.25 14:07:12
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2006.10.16
カテゴリ:妊婦生活
昨日、待ちに待った息子がバンコクから帰ってきました。
私は待ちきれないモードに朝からなっているというのに、新空港発オリエントエアーは20分のディレイ。
やはり、娘を2人バンコクに送り込んでいた我がプーケット日本人補習校校長、西岡さんは既にかなり前から空港に到着していた模様。
察します。早く娘たちに会いたいんですね。

とそこにお迎えゲートの透明なついたて越しに、ぞろぞろっと子供が歩いていくのをちらっと発見。
「あ、今荷物を受け取る所かも。」
と私がつぶやくやいなや、だだっと駆け寄る西岡さん。
そこに父の深い愛情を見ましたぞ。

それからしばらくして、子供たちと引率のお母さんが出てきました。
子供たちのうれしそうな顔。
が、しかし我が息子はトイレに行きたかったようで感動の対面は他の方々より少し遅れたものとなりました。

聞きたい事は山ほど。
バンコク日本人学校では、今回かなり親切に対応していただいた模様。
校長先生や、教頭先生、担当の先生方、担任の先生、引率してくれたHさん、本当にお世話になりました。
学校生活も楽しかったし、授業もとても楽しかったらしく、できることなら私と離れ離れでもこのままバンコク日本人学校に通いたかったと言われた時は母としてかなり考えるものがありました。
(そんなに今行かせている学校が楽しくないのとかね)

息子はこの1週間で、数ヶ月の日本語ブランクを取り戻したよう。
かなりの流暢な日本語を昨日から披露してくれている他、私からしたら絶対先生がお手伝いしてくれたとしか思えないようなちゃんとした文章の作文を見せてくれたりとぐっと成長して戻ってきた感じ。
お金を使っても、その甲斐があったと確信。
やはり物より思い出です。

が、しかし昨日はよほど疲れていたのか寝小便をやってくれました。笑
今日は朝から明日からの入院生活でばたばたしている私の横で、漢字の練習をしたり、
「久しぶりですから。」
とか言いながらゲームをやったりして過ごしています。
よほどおいしいものを食べさせてもらったようで、案の定ちょっぴり体重が増加しておりました。

さて、あすはいよいよ今までお腹の中にいたわが子と対面。
臨月になるとほとんど胎動を感じなくなると本には書いてありますが、相変わらずものすごい勢いで動き回っているご様子。
どんな暴れん坊が出てくるのか本当に楽しみです。
4日ほど家を留守にしますが、皆さんよろしくお願いいたします。







Last updated  2006.10.16 18:13:45
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2006.10.10
カテゴリ:妊婦生活
またしてもしばらくブログをさぼっていたら、
「もしかしてもう生まれちゃった?」
というメールが最近来るようになってしまったので、ご報告させていただきます。

昨日の最後の検診で、来週の火曜日10月の17日に帝王切開での出産が決定しました。
何故帝王切開かといいますと、息子の時も帝王切開だったのと私の子宮にはちょうどミッキーマウスの耳のように2つ大きな筋腫があるそうで、それが邪魔して大出血を引き起こす可能性もあるらしい為。

1回目の時は
「先生何か理由をつけて、帝王切開に持ち込もうとしてます?」
という感じは否めない感じだったけど、逆子も最後まで治らずじまいだったのであっさり承諾した所、それほどの苦痛は感じなかったため今回も勿論すぱっと切っていただくことにしました。

妊娠期間中ほとんどの検診は一人で車を運転して通っていましたが、行けば必ず
「ご主人はどうしました?」
とその度に看護婦や先生から聞かれ
「家で仕事をしておりますが、何か?」
と答えなくてはならず、妊婦が一人で車を運転して検診に行く事は不信感を抱かれちゃうのかなな~んて思ったりもしましたが昨日の検診は手術当日のもろもろの手続きの事もあるので、久々にオヤジも一緒についてくることとなりました。

まあ、確かに私の通っている病院の産婦人科の待合には一人でぽちんと座っている人などほとんどいなくて、ほとんどの人がご主人や付き添いのお友達や兄弟と思われる人と一緒でした。
私も1回目の時は、まだまだ言葉も不自由だったのもあってやはり毎回主人と一緒に検診に通ったので余計に「あれ?」と思ったのかも。

私の先生は、私と話す時は標準語ではなしてくださいますが、恐らくもともと南タイ出身の人だと思われいつもうちのオヤジと話す時はバリバリの南弁を操るというフレンドリーさも持ち合わせた方。
昨日も二人でちょっと遠くから聞いたら田舎のオヤジが二人世間話をしているとしか思えないような、方言ばりばりの会話を繰り広げておりました。

出産まであと1週間。
現在息子はバンコクにある日本人学校に体験入学に行ってしまっていて15日まで不在。
寂しいけど自由な時間をもう少し楽しみたいと思ってます。

とは言っても、手術が近づいて確実に眠りが浅くなっているびびり~な私。
今日も2時に寝て、何故か6時半に目が覚めてしまってブログを書いているという状態。
きっと泣き言や手術前の心境を書きにまた戻ってきま~す。








Last updated  2006.10.10 09:27:18
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2006.09.15
カテゴリ:妊婦生活
昨夜は11時過ぎに寝て、かなりぐっすり寝たつもりで起きたらなんと夜中の1時半であった。
え~!?
と思った時には既に目がぱっちりとさえてしまっていたので、前から気になっていた宮本輝の長編を読んですっかり読み終わったら息子が学校に行くために起きる5時50分となっていた。
その間、お腹がすいてぐうぐう鳴るので冷蔵庫に冷やしてあった梨を1個食べる。
こんな夜中に甘い果物を食べるなんて最悪と思ったが、最近はとにかく腹が減って腹が減って仕方がない。

息子を起こし、送り出してからもう一度寝たら11時半であった。
う~ん。
どうよ。この生活。
ぐうたらもいいところで、自分でもはっきりいって呆れるほどだ。
妊娠していても産む2週間前まで働いていた前回と比べて全くと言っていいほど駄目駄目な毎日である。

駄目駄目生活はすぐに体重に反映するようで、12日の検診では2週間で2キロも増えていた。
日本だったらきっとかなり怒られるであろう体重増加だが、ここはタイ。
全く何も言われず。

さて。
私は普段息子と2人でキングサイズのベッドに寝ている。
息子が小さかった時には、親子川の字でオヤジも一緒に寝ていたものだが、年々ひどくなるやつのいびきに耐えかね何年か前に寝室から追い出してかなり経つ。
小さかった息子は小学校1年生になり年を追うごとに寝相も凄まじくなってきた。
まともに寝ている事など一度もなく、大概頭と足がひっくり返っていたり、半分落ちたりしているのが日常茶飯事。
とても赤ん坊と3人で川の字で寝るような状態ではない。

赤ん坊が生まれたら、もう一つある寝室で寝ておくれとお願いしても一人でトイレにも行けないような屁垂れの我が息子。
どう考えても無理な話である。
もう一つシングルベッドを同じ寝室に入れたいが、そうなると歩くスペースも無いほどになってしまう。

それならばベビーベッドを買えばよいと思うのだが、こちらにはなかなか「これ!!」と思うベビーベッドがない。
どうせベビーベッドなんて1年ぐらいしか使わないので、安いのを探そうと思うと使えない代物だったり「これは」と思うものは高かったりしてどれもこれも帯に短し襷に長しといったところ。
(もし、プーケット在住の方でご自慢の使いやすいベビーベッドをお持ちでしかも売ってしまいたいと思っていらっしゃる方がいたら私書箱に是非ご一報下さい)

今まで常に一緒に寝てきた息子を、邪険にするのも可哀想というか、私もそれはそれで寂しい。
本当は息子が同じ部屋に簡易マットみたいな布団を敷いて寝てくれれば全て解決する話なのだが、それも嫌だと言う。出産まであと1ヶ月
あ~!!どうすればいいの?







Last updated  2006.09.15 18:41:02
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2006.07.27
カテゴリ:妊婦生活
先日日本に住む友人からうれしい懐妊の知らせが届いた。
結婚して2年、欲しい欲しいと夫婦二人言っていただけにその喜びもひとしおのようだ。
メールをもらった翌々日には国際電話までしてきてくれた。
仲のよい二人なだけに、私もすごくうれしい。

彼女は電話で、すごくうれしいのだが今のところつわりもなく、何の変化もないので本当にお腹の中にいるのか、順調なのか不安で不安でならないとのこと。
最後に検診に行ってからまだ日もたっていなく、次の検診は2週間後なのだが不安だから明日にでも、もう一度医者に行こうかなあとまで言っていた。
初めての妊娠のその初々しさも何とも新鮮である。

それに反して、7ヵ月半になった私のお腹の中は毎日騒がしくて夜なかなか眠れないほどになってきた。
息子は生まれたときから元気いっぱいで、かなり動きの激しい赤ちゃんだったのだがお腹の中にいる時はじっとしていないとほとんど胎動を感じないほど静かであった。
ほとんど胎動がなかったので、時折心配になったものだが今回の妊娠は何もかもが前回の時と違って戸惑う事もしばしば。

特に胎動は、激しく動きによってはその場でうずくまってしまうほどの衝撃があったりする。
朝、夜はかなりその動きも活発で、がたんごとんがたんごとんと激しい動きの為なかなか眠る事ができない。
寝ても膀胱あたりを蹴っ飛ばされて(?叩いてるかも)妙な尿意を催す為、夜中に何回も起きてしまう。
その為切れ切れ睡眠を余儀なくされるのだが、これって産後の授乳の為の切れ切れ睡眠の訓練のよう。
もともとうつ伏せで寝るのが好きな私にとって、その体勢で寝られないのも寝つきを悪くしている原因のひとつだ。

静か過ぎても心配だし、激しすぎても大変。
毎夜私の横でぐっすり寝ている息子が本当に羨ましい。






Last updated  2006.07.27 10:54:36
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2006.06.17
カテゴリ:妊婦生活
先日6ヶ月検診に行ってきた。(タイでは1月少なく5ヶ月といいます。)
今回は、前回先生から
「来月は性別も超音波で見てあげるね。」
と言われていたので、とても楽しみにしていた検診である。

最近食欲もりもりなので、つわりの一番ひどい時期に比べるなんと4キロも増えていた。
妊娠前よりプラス1キロ。
産むまででプラス4キロまでに抑えたい私にとっては、ちょっと増えすぎかな?
ちょっと食べるのを控えようと反省。

相変わらず、ただのデブにしか思ってもらえない私は病院で看護婦さんに
「こんなにわからなくてちゃんと赤ちゃん大きくなってるのかしら」
と心配な事を検診前に言われる。
だから~太ってる人はわかりにくいんだってば。
確かに太っている為に座ったりしていると、自分でも胎動を全く感じなくて不安にかられたりするが横になってお腹をのばせば元気にぽこぽこ動くのがわかる。

さて、超音波で見てもお腹の子は元気にぐりぐり動き回っていた。
背骨もしっかりして、心臓も元気に脈打ってるのがわかる。
内臓系も出来上がってるようで先生が
「これが肝臓ですよ」
とか教えてくれた。
頭の大きさは約4.5センチ。
私の子宮筋腫とほぼ同じ大きさである。

さて、肝心な性別だがおちんちんらしきものがないのと、なんとなく木の葉のような形が見えるとの事で先生いわく
「80%女の子」
との診断であった。
先生は
「100%じゃないから、旦那さんには言っていいけど他の人にはまだ言わないでね」
って言われたけど、うれしいから言っちゃうもんね。

一人目の時から女の子が欲しかった私は、帰りの買い物中にも自分がにやけてるのがわかるほどの喜び。
同じく女の子希望だったいつもは苦虫を噛み潰したような顔しかほとんどしないオヤジも、思わずにんまり。

これで男だったらと思うとちょっと複雑だが、男の子でもすごくかわいいという事は実証済みだし、そんな間違いも私らしくていいかなって思うのでそれはそれでよし。

ああ~。でも本当に女の子だったらうれしいなあ。






Last updated  2006.06.17 13:37:50
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2006.05.24
カテゴリ:妊婦生活
私の高齢妊婦生活もお蔭様で5ヶ月目に突入してしばらく経った。
もともと太っているので、見た目は他人から見るとほとんどわからないらしい。というか、現時点ではつわりの効果で妊娠前より痩せているので、私の妊娠を知らない人からは
「わ~。なんか痩せたね。どうしたの?」
と言われることもしばしば。
つわりで痩せたことを話すと
「え~。妊娠していたの?」
と驚かれる始末。

確かに息子の時も生む2週間前まで仕事をしていて、マタニティーなどは着用しなかった為8ヶ月になっても自分でお客様に
「妊娠してるんですよ」
と言わないとわかってもらえなかった。
確かにただのデブなのか、妊婦なのかわからない人に
「妊婦さんですか?」
と聞いて違ったりしたら失礼だということもあるのだろう。
その位デブの妊娠は微妙な見た目ではあるのだ。

前回も、もともとデブでぶよぶよしているお腹の肉が硬くなった程度で、よく痩せている人のスイカをお腹に入れたみたいなあのぽっこり感(?)は体験することはできなかった。
どうやら今回も、そのパターンを歩むようである。

しかし、前回と違うことは多々ある。
まず、つわりが非常に重かったこと。気持ち悪いだけでなく、何度もはいたり、胃がよじれるほど痛かったりとかなりつらかった。
そして、乳首と乳首周りが異常にかゆくてしかもどんどん発達しているようである。
前回は生むまでおっぱいに変化は見られなかった。

そうそう、体の変化だけでなく前回は妊娠とわかった直後にもらえた母子手帳を未だにもらっていない。
前回の検診でやっと医者から
「母子手帳は書き込んで今度の検診の時に渡すね」
と言ってもらえたぐらいである。
6ヶ月でやっと母子手帳がもらえるなんて、これが高齢出産のなせる業なのか?
まあ、これまでトリプルマーカーとかいう染色体異常の子供なのかどうなのかという確立(あくまで確立であって決定ではない。陰性といわれても陽性の場合もある)を出す血液検査を半強制的に受けさせられたりしていたので、医者ももしかしたらということも疑っていたのだろうけど。

でも、あのつわりを乗り越えた時点で例えトリプルマーカーの数値が悪くても用水検査はしないで生もうと決めていたので母子手帳は早く欲しかった。
検査の結果は陰性で、私の年で平均180分の1の確立が1800分の1ということであった。
医者いわく、100%ではないが非常によい結果だとのことである。

来月の検診では性別もわかるようなので、できれば息子も連れて行きたいと思っている。










Last updated  2006.05.24 15:02:38
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