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子育て

2009.11.12
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カテゴリ:子育て

気がつけば前回の更新からずいぶんたっちゃってました。
ここのところ少々忙しくバタバタしていたこともあり。。。なぜバタバタしていたかは次回に書くとして。。。

娘、その間に3歳になりました。

IMG_1941.JPG 最近日焼けして二人とも黒い。。。

この3年間は、長いような短いような。。。。とにかくあの1歳までの怒涛の日々は喉元過ぎれば何とやらで、今では良き思い出。


1日24時間中、23時間泣いていた娘は、3歳の今起きている間はほぼしゃべっているか動き回っているかという状態。
生まれたばかりのとき、「ずっとこれがしたかったけど出来ないのがつらかったのね。」と今ではなんとなくそう思えるように。

この3年間はとにかくこの手のかかる娘に振り回されっぱなしだったけど、何より病気らしい病気もせず元気にここまで育ってくれたこと本当に感謝しています。

さて。
3歳になったのは10月17日ですが、この3歳に向けて実はひそかに決断したことがありました。それは。。。ええっ!!と驚かれるのを承知で。。。
哺乳瓶はずし。

実はうちの娘、寝るときに水の入った哺乳瓶をちゅうちゅうとしながら寝るのが毎日の儀式。またごろごろテレビを見ている時も
「ママーお水――」
と言って水入りの哺乳瓶をちゅうちゅうするのが恒例でした。
ミルクじゃないのが救いだったものの、完全におしゃぶり状態と化していてそれがないと大変な状態。

しかも、夜中に眠りが浅くなっている時にも水をちゅうちゅう、ぐびぐび。
そんなわけで、夜中に何回もパンパースにする、おしっこで目が覚める、そしてまたみずをちゅうちゅう。。。。これが朝まで延々繰り返されるわけです。
ああ、超悪循環。
しかも大きくなっておしっこの量は増えているので、時として漏れていることも。

娘水を飲んで寝る、おしっこで目を覚ます、私が目を覚ます、娘が水をちゅうちゅう、娘寝る、私寝れない。。。そのうち私寝る、娘おしっこで目を覚ます、私目を覚ます、娘水を。。。
ああっーーーー。もういやーーー。こんなの。

とまあこういう状態が3年間続いていたわけですね。驚き??
しかし、いい加減こんな毎日とはおさらばしなければ。母はそう決心しました。
というわけで、娘が保育園に行っている間に哺乳瓶を全部隠す。そして、インターネットでどこかの歯医者のサイトから虫歯で真っ黒になった歯や口の画像を探しておくことに。

実はこの作戦、にいにが3歳の時に使って大成功を収めた私のとっておきの作戦。
にいには哺乳瓶ではなかったけれど、おしゃぶりを3歳までくわえている子だったのです。
3歳になったその日にやはり母はおしゃぶりをやめさせることを決断。

ネットで虫歯だらけの画像を見せ、
「あのね、おしゃぶりしてるとね、こういうお化けみたいな口になっちゃうんだってよ」
と言ったら、息子は泣きながら
「ちゅっちゅはもうバイバイするーーー」
と言って自らゴミ箱におしゃぶりを捨てた。。。

さて、とにかく我の強い娘にこの作戦が効くかどうか母は半信半疑だったけど、とりあえず同じことを娘に話した。
そうしたらなんと。あっさり、さっくり泣くこともなく哺乳瓶をあきらめてくれました。
寝つくまでにかなり時間がかかったけどね。

しかしこれは本当に意外。内心母は、3日ぐらい泣き続けて、不眠覚悟の決断だったのに。
実は哺乳瓶が必要だったのは娘でなくて母だったのね。

お陰でパンパースは完全にはずれました。一応念のため寝てる時はさせているが、その日以来失敗なし)そして夜中にあんなに何度も起きておいたのに、今では朝までぐっすりよ。
あー。もっとはやくやめさせればよかったのにとも思うけど、3歳間近のあのときだったからあっさりいけたのかも。

誕生日当日 は以前Sさんからもらった無料ホテル宿泊券があったので、友人一家とお泊まり会。あまり聞いたことのないホテルだったので、そんなに期待はしていなかったけどこれがお天気も良くてしかもオンザビーチのホテルだったからもう楽しいのなんのって。

IMG_2066.JPG喧嘩友達の友人息子と

IMG_2095.JPGビーチでやってもらった初みつあみ。

                                  

(12月までラスベガスである修業をしているSさん。本当にありがとう。すごく楽しかったよーー。そして元気―??早く戻ってこないかな、寂しいよー。今日息子を見かけたけど元気そうだったよ!!)

3歳となった今年は、計画として5月に初日本を経験させたいと思っているのだけど、果たしてどうなる事やら。
母はできれば一人で行きたいけどね。







Last updated  2009.11.13 00:59:53
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2009.06.01
カテゴリ:子育て
最近ふと気がついたら、娘と一緒にいることが苦ではなくなったことに気がついた。
正直あんなにつらかったのに。
2才7か月にして初めて訪れたこの感覚。

生まれたときからとにかく我か強く、5か月ぐらいまでは一日24時間のうち20時間ぐらい泣いていた我が娘。
抱っこしようと、ミルクを飲ませようととにかく泣くばかり。

あまりの尋常ではない泣き方に心配した弟はどこかこの子に障害があるのではと、不安のあまり私に
「お姉ちゃん、この子大丈夫?」
と聞いた。
「だ、大丈夫って何が?」
って私も心の中で同じことを考えていたため、それを指摘されてかなりぎくっとなったあの日。思ってた事を指摘されてマジあせったし。
いやいや、この子にとってこれが普通なんだと言い聞かせるしかなかった毎日だった。
2か月で人見知りをはじめ、そこから1歳半ぐらいになるまで誰のことも受け付けなかったのもかなり大変だった。

唯一の救いは、2人目だったのでこれと同じ状態がずーっとは続かないと知っていたこと。
そして、面倒を見てくれる人やナーサリーというところがあったこと。
息抜きを一緒にしてくれる友人や家族がいたこと。

しかしこの度、娘が生まれて初めて2才7か月にして
「ああ、本当に楽になったもんだ」
と心から言えるようになりました。泣
ありがとうございますっ!!

2歳になったぐらいから本格的におしゃべりを始め出した娘は、自分でいろいろな要求を口で言えるようになるにつれ癇癪的なものが少なくなり、あれだけ自我が強かったのにそれすらも少し薄れてきた。

例えば、以前はスーパーに行ってもレジ回りにある飴やガムをむんずとつかんだら絶対に手放すことはなく、どんなに言い聞かせても泣くわ、わめくはひどい有様。
よくそういう子供って見かけますよね?まさにその典型的なタイプ。
しかも生まれつき体が丈夫で、(なにしろ1日中泣き続けられる体力があるぐらいですから)
その鳴き声の大きいこと大きいこと。
一度この状態になったら、その場を逃げるように去ってもそこから30分は泣き続ける状態だったので現場を見ていない人は
「なんだー?虐待か?」
とびっくりしてこちらに注目するものだから、大変にお恥ずかしい。

それがですね。今では
「なっちゃんがいい子にしてたら今度また買ってあげるから今日はだめよ」
とか
「じゃあ後で1個だけ買ってあげようね」
というと
「今度買ってくれるの?」
とか
「うん、1個だけね」
とか言って素直に言うことを聞くように。泣

もっといい子モードのときは
「ママ、あれは菜々がいい子にしてたら今度買ってくれるの」
と勝手に自分で言い聞かせてほしい気持ちをセーブ。

食い毛は相変わらずなので、勝手に冷蔵庫を開けてしまうこともしばしばだけど
「虫が入っちゃうと困るから占めて頂戴!!」というと
「はーい」
と元気よくお返事。
あまりに良い子ぶりに驚いて
「チョットこっち来て。あんまりいい子だからママがちゅっちゅしてあげよう」
というとでれでれしながら私の足にまとわりつく娘。そのはにかんだ表情がもうたまらんのです。

あんなに一人遊びができなかったのに、一人でおままごとをして
「ごあんつくったからママに食べさせてあげるね」
といっておもちゃのお皿を持ってきてくれたり、練習帳の文字をなぞったり。
ついに2才7か月にして一人遊びができるように。他の子からしたら遅いけど。

トイレも就寝中以外は失敗なし。
家ではトイレに行きたくなると、自分でパンツを脱いでちょっとまだ高いけどなんとか便器によじ登り、終わった後はちゃんと洗ってもどってくる。
たまに洗うことを忘れたり、脱いだパンツをまたはいたりするのは面倒なようでそのままノーパン状態だったりするけど、そんなことはマイペンライざます。
ちいさいことは気にしない。わかちこわかちこ。

しかしいいたいことが言えるようになった反面、そのおしゃべりはとどまることをしらず車の中にいる時もとにかく走っている間中ずーっとしゃべっている。
どんなこともいちいち突っ込みを入れなくては気が済まないらしく、
「ねえママ、ちゃんとすわってないとあぶないよね、ねえあの車危ない?」
とか
「ママ、学校でね、アイスティム(学校の友達)がね、菜々のことがぶって噛んだの。どうしてそんあことするんだろうねえ。だめだねえ。」
とかあることないことをずーっとおしゃべり。時として私が相手にしないと持っているかばんに話しかけたり。
かわいいけどはっきりいってちょっとうるさい。
赤ん坊の時に泣き続けていたのがちょうどおしゃべりに変わった感じ。

おやじなんかは既にこの娘にやられっぱなしで、娘といちゃいちゃしようと近づこうものなら
「ママー。助けてーパパべとべとようー。臭いー。あっちいってー」
と蹴られる始末。

しかしせっかく楽になって一緒にいたい、旅行でもしたいなと思ったのに時はすでに遅し。
我が家にも不況の風はびゅうびゅうと吹きまくって、それどころではないのが残念。








Last updated  2009.06.01 16:38:59
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2009.05.29
カテゴリ:子育て
息子は先週1週間は泣きべそ習慣であった。
17日の日曜に日本からシンガポール経由で帰ってきた息子は翌日の月曜からのタイの学校の始業に伴い通学をスタートさせたが、帰ってきた当日は母に会えた喜びなんか全くなし。
ぼやく、泣きべそをかく、ため息をつくとそのへこみ方はひどいものだった。

今年は神戸のお友達のうちに居候させてもらいほんの1週間の体験入学しかできなかったものの、その学校生活は相当楽しかったようでどうしても日本の学校とこちらの学校をついつい比べてしまうようである。
勿論日本の学校に本格的に通うようになれば、いじめや不登校とかいろんな問題がきっと起きてくるのかもしれないが体験入学をさせてもらっているうちは、息子はちょっと珍しい海外からのお客様。
きっと皆からよくしてもらっているのであろう。
きっと超KYな息子はきっと日本の学校でも、あほなことを言ったりしても許してもらっているにちがいない。
本当にありがたいことである。

新学期が始まってから新しくスタートさせたことが二つある。
計算力が乏しいと判断したので公文に通い出したことと、そのついでにテニススクールに行き出したことである。
テニススクールは同じぐらいの年の子がたくさんいて、かなり楽しいようで雨の日も行きたがったりするぐらいなので私も大変に嬉しい。

そしてまた公文はというと、公文では入学時に簡単なテストを行うのだがその成績がイマイチであったため学年より下のレベルのところから計算をスタートさせられたようだ。
これがいつも自信満々の息子のプライドをずたずたに引き裂いたようだ。

公文をやっている最中は外で娘と待っているのだが、先生からちょっと5分お時間いいですか?と呼ばれた。
向かった教室ではぐすぐすと泣いている息子。
先生はこんなことでなく子供は自分の経験上2人目です。どうやら彼は学校でもそこそこの成績をとっていたようですが、ここの勉強のそれとはちょっと違うのでお母さんにもそのシステムを説明しようと思って。。というようなことを言っておられた。
先生曰く、学年に沿った勉強ではなく実力次第なので、成績がこのあたりだとここからのスタートになりますと言われたので、私は
「全面的に先生にお任せします」
と言っておいた。

ところがこれが息子にとっては良いことだったらしい。
それまでは何故公文に行かなければいけないのか、嫌だ行きたくないとごねていたのが一切言わなくなった。
一切言わなくなったばかりか、レベルが低いと言われたのが相当悔しかったようで、何もいわなくても公文から出される大量の宿題をさっさと自分でこなすようになった。
この公文の日は学校に迎えに行ってすぐに公文、テニス、そしてその合間に宿題とかなり忙しいのだがそれすらも楽しいようである。

学校は相変わらず楽しくはないようである。
タイの学校の先生は、定規や叩くための棒を常に持っていて、悪い事をするとすぐにぶたれるらしい。ぶたない先生はいないというので、それがタイでは当たり前のことのようである。それが嫌だというのだが、ぶたれるようなことをしなければいいのにと思うのだがそこは我が息子。
ついついぶたれるようなことをしてしまうのであろう。

4年生になって学校の勉強も難しくなり、宿題もうんと増えた。
息子は私の方針で、できる限り可能な限り日本語を勉強していくという課題もあるのでそれも頑張らなくてはいけない。
4年生になって漢字もぐっと難しくなり、ボキャブラリーもかなり増えてきた。
息子にとっては大変だが、タイという異国で暮らす私にとって息子の語学力は私の喜びでもある。

一昨日キマグレンのLIFEという曲をYOUTUBEで息子と二人聞いていた。
歌詞の中に「君はだれの為に生きていくの」という部分があるのだが、息子が「自分のためにいきていくんだよっ」とその歌詞に向かって突っ込んでいる姿を見てちょっとうれしかった。
何が嬉しいのかというと、日本語の歌を聞いてその内容を理解し、突っ込める。
タイ語では表現できない歌を息子と理解し合える、そんなささいなことが何となくうれしかった。

確かに自分のために生きていくのは間違ってないぞ、息子よ。
でも少しは、時々は、母さんのこともお忘れなく。







Last updated  2009.05.29 15:50:41
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2008.11.17
カテゴリ:子育て
どうにもやる気がおきない毎日。
ハイシーズンはとうにやってきて毎日良いお天気だというのに。
やる気はおきなくてもばたばたと毎日は過ぎて、菜々先月の17日についに2歳になりました~。わ~ぱちぱち。(誕生パーティーもやってやれなかったのでせめてもの拍手)

ひょんなことで始めたブログもいろいろなことひっくるめて、ついでに子供たちの成長期も兼ねているのでもっと早くアップせねばとは思ったんですけどね。
思ってるばっかりで。

さて、生まれてから一度たりとも
「ああー、楽になったなあ」
となかなか思わせてくれない菜々さんですが、最近1つ2つ楽になったことがあります。

生まれて2か月から人見知りを始めたスーパー赤ちゃんの菜々ちゃん。
どんな育児書を見ても、ネットを駆使して調べてみても
「人見知りが始まるのは6カ月ごろからです」
「2,3カ月のころは人見知りもなくだれに抱かれてもにこにこしています」
みたいなことが書いてあってさんざん私を悩ませた菜々ちゃん。

ただたまに、3ヶ月ぐらいのお母さんが
「夫の母が抱くと泣いてしまって困っています。人見知りがスタートしたのでしょうか?」
と悩みを相談している人がいたりして
「おお!!うちみたいな赤ん坊がいるぞ」
と思って回答欄を見ると
「3ヶ月で人見知りはあり得ません」
みたいなことが書いてある。
あの回答には私も悩ませられたよ。あの相談者の人も悩んでるから相談したのにね、ぴしゃりと違うとか言われちゃって「少し早いですが、そういうこともあるかもしれませんね」
ぐらいのことが書けないのかって私まで苦々しく思ったもん。
「人見知りじゃなかったらこの状態はなんなんだよ」
ってね。

だって、私以外の人が抱っこすると途端に泣き始める。
おやじだって駄目だったし、そのときたまたま来てた弟だって駄目だったし、毎日顔を合わせてる乳母さんだって駄目だったし。
あのころ菜々ちゃんは私以外のだーれにも抱っこされなくて、彼女を抱っこする以外何もできない毎日で頭がおかしくなりそうだった。
もう泣いてもいいよって思って放置すると、これはもしかしたら泣きすぎて死んでしまうかもしれないと思うほど顔を真っ赤にしてこぶしを振りかざし、それはすごい泣きっぷり。
人見知りの状態はその後も続き、つい最近で知らない人には一切目を合わせたりもできなかったわが娘。

ところがですよ。
最近の菜々ちゃんファランを見ればにっこり微笑んで
「ハロー」
とごあいさつ。照れなのかハローの声はひっくり返って裏声みたいになっちゃってるし、ハローって言ったあとははずかしくなっちゃって私の後ろに隠れちゃったりはするけど、ファランと目があっただけで号泣していた昔に比べればすごい進歩。

好きな人もいっぱい増えて、私の友達にも私がいても抱っこをせがむぐらい。
昔は母しか好きじゃなかったのに。
にいにのことはなめきってるので、悪の限りをにいににはするけど、にいにの友達お兄ちゃん達のことも大好き。
知らない人でもしばらく一緒にいれば、帰る時には帰ってほしくなくて泣くぐらいにまでなった。

おしゃべりもぐんぐん発達して、タイ語と日本語は器用に完璧に使い分けるようになった。
これはさすが女の子。
にいには3歳ぐらいまでほとんどお話できなかったが、私はにいにに対して日本語しか話さなかったので彼の小さな頭は度々小パニックを起こすらしく、
「あのね、あのね、あのね、。。。。。。」
とあのねを10回ぐらい言ってみたり、
「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。。。」
とものすごくどもってみたりとちょっと心配な面もあった。

ところが菜々ちゃん。
パパには完璧にタイ語で
「ナナ、ヤーク キン カノーム」 (菜々お菓子食べたい)
すぐ横にいる私には
「ママー、おかしちょうだーい」
と使いこなす。
タイ語のほうが上手で普通にパパや従業員たちと会話しているが、昨日は日本語で
「ママー、あっちいこ、車で」って言った時はそこにいた私の友人二人もつい吹き出してた。
菜々ちゃん、我儘で要求がたくさんある分だけ、その要求をなんとか言葉にしたいようでそれが彼女の器用なおしゃべりにつながってると思う。
それが証拠に
「~したい」
「~食べたい」
「~いきたい」
という言葉ばっかり!!

勿論うまくこの言葉が出てこないときは2歳児らしくてっとりばやい方法で
「きえ~~~~」
とおたけびをあげまくるのだけど。

そしてやはり蛙の子は蛙で、食に対する異常な関心は私の悩みの種。
女の子ですからね、できれば私の様にではなく華奢でかわいい女子に育って欲しい親心。
にいにに引き続き悩みのテーマは
「どうしたら食べないでくれるか」
ということ。
一緒にご飯を食べに行ったりすると毎回必ず
「すごい食べっぷり、大丈夫?」
と言われます。

「どうしたら食べてくれるのか」
っていってみた~い。
人はないものねだりですな。


IMG_1663.JPG

1歳の時に面倒を見てくれた乳母のマリアちゃんの結納にて
濃い顔なのでオバQ帽がよくお似合い(そら豆みたいとニランちゃんがおおうけ)






Last updated  2008.11.17 15:51:54
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2008.10.28
カテゴリ:子育て

この日記は途中までバンコク滞在のときに書いたもの。
しかも愚痴愚痴とネガティブなことを書きまくっているので、嫌いな方はスルーでお願いします。泣
後半はもう忘れかけたプーケット到着後に書いたものです。

やっちまったな~!!(クールポコ風でお願いします)
って気分の今の私。

只今わたくし、にいに、ななっちはなんとバンコク滞在中。
しか~も、11日間という長丁場。
毎年恒例となったにいにのバンコク日本人学校への体験入学に今年はなんと菜々を連れてきてしまったのが私の不幸の始まりだった。

実はここ1ヶ月我が家の問題児菜々の状態が少し良くなっていたのが、この悪魔をつれてきてしまった大きな原因。
いつもだったら
「菜々を日本に連れて帰るなんてとんでもない、ましてや旅行なんて苦しみにいくようなもの」
と絶対連れていこうなどと考えもしないのだが、ここのところちょっと調子が良かったものだから
「これだったら連れて行ってもそんなに大変じゃないかな?」
と思ってしまったのだ。

なんせ菜々ちゃん、こんな性格だからプーケットから未だ一度も脱出した経験はなし。
勿論飛行機に乗ったこともなし。
ましてや家以外のところに11日間もいた経験も無ければ、家と保育園以外のところに泊まった経験もなし。
とにかくないないづくしの初めての体験。

行きの飛行機はまずまずの出だし。
耳を痛がって泣きはしないかと心配だったが、あっという間に寝てしまい終始静かだった。
その日は問題なし。
問題があるとすれば、初めて泊まる場所に大興奮でなかなか寝てくれなかったこと。
おまけに母はエアコンの調節が上手くいかず寒かったり暑かったり。
そんなこんなで初日は3時間の睡眠となってしまった。

次の日は日本人学校に挨拶に行って、その帰りに日本人の先生のいる保育園にななっちを連れて行った。
この保育園はABCプレイグラウンドといって、日本人の先生が二人いるらしい。
1日600Bで朝から夕方まで、昼食付き、送迎付きという良心価格。
勿論私は24時間彼女と一緒に居る自身が無いので、土日を除く日中はここに預けることに決めていた。

タクシーで散々迷った挙句トンローにある保育園に無事到着。
不安は残るものの、ぐいぐいっとそこに預けて、晴れて自由の身になる。
しかし悪夢はその日の夕方から始まった。

4時過ぎに帰ってくるとの事だったので、泊まっているサービスアパートメントのロビーで待っていると送迎バスが近づくと共に絶叫が聞こえた。
「うぎゃああああああ」
勿論声はわが愛娘。
バスとともにすごい絶叫が聞こえてきた。

先生によると、学校では泣いていなかったらしいがバスに乗ったとたんに絶叫し始めたらしい。
先生、運転手さん、申し訳ない。

ここからはプーケットで書いています

知らない土地で行ったことのない学校に押し込んだ代償は大きく、その日からの娘は手がつけられないほどの我儘ぶり。
タクシーの中でも騒ぎまくってキイキイうるさいので、渋滞中でイライラしている運転手に殺されてしまうんじゃないかと私はひやひやしっぱなし。
どこに行っても騒ぎまくるわ、泣きまくるわ、我儘を言いまくる。
おまけにいつでもどこでも抱っこを要求。

慣れない土地での学校生活は彼女にとってよほどストレスは大きかったのか、夜泣きもすごく目を閉じたまま2時間泣き続けた夜もあり。
我儘は今もそのまま続行中なので、そういう時期にちょうど突入してしまったのかもしれないな。魔の2歳児っていうし。

でもよく考えてみたらこの子が生まれてから手を焼かなかった時期なんてあったかなと思い返してみる。
もっとよく考えていたら、腹の中にいるときから大変だった。
生まれてからはもっと大変で1時期は24時間注22時間ぐらい泣いてたし。
今は今で相変わらずずっと私に付きまとっていて、一人で静かに遊ぶなんてことは絶対にないし、テレビも見ようとしない。
一昨日なんて、珍しく大人しいと思ったら鉛筆で半年前に色を塗りなおしたばっかりの壁に落書きしまくってたし。苦笑
とりえは。。。元気なことか。
それが一番と思うしかない今の状態。

書いているうちになんだかどんどんネガティブになってきた。
そうなんです。実は最近あまりの彼女の状態の悪さに少々ノイローゼ気味。
これでスパッと天気でもよくなってくれれば心も晴れるのかな。

とにもかくにも、
「二度とななっちをつれて日本に行こうなどとおもうまい」
(実際他人に迷惑をかけまくるので行けない)
ということを再確認させられた今回のバンコクであった。

とほほ。。。。












Last updated  2008.10.28 13:35:43
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2008.08.22
カテゴリ:子育て

よく考えてみたら最近子供たちの成長記録を書くことをすっかり忘れていた私。
他人は別に読みたくないかもしれないけど、このブログは私の日記代わりにもなっているので久しぶりに最近の様子を書いてみることにした。

にいに 9歳

一時期とどまることを知らなかった反抗期は少し治まりつつあり、私の言うことに少し聞く耳を持てるようになってきた。
ただ、あいかわらずほおっておいたら学校から帰ってきて自主的にシャワーをあびたり、勉強したりなんて絶対しない。
とにかく言われるまで何にもしない。

言っても5,6回言って、ついに怒鳴ってやっとお尻を上げる状態。
こういう子にはどうやって対応したらいいのか。母、はっきりいって悩んでます。
日本から帰ってくるまでの半年間に急増した体重は今のところ母の厳しい管理により1キロやせた以降は増えもしなければ減りもしないという横ばい状態。

週末はサッカーとテニスをやって運動をさせるようにしているが、この男もともとひどい運動音痴。
得意なのは水泳だが、走ったりすることも大嫌いだしとにかく水泳以外のスポーツは何をやらせてもうまくいかないらしい。
水泳はわりと得意ではあるが、好きではないらしい。

テニスもそこそこできるようにはなったが、飛躍的な上達は見られない。
私自身は彼が得意でなくても、スポーツをして楽しめたり、負けて悔しかったりする感覚を味わってほしいと思うのだが。。。。
昨日は期末テストの初日。
「どうだった?」
と聞くと
「うん、できた」
トのお答え。
だがいつ聞いてもできたと答えるので、それが真実なのかどうかは全くわからないが本人はいつも自信だけはあるようなのでそれが少し笑える。
IMG_1514_3.JPG
日本の夏休みでかつてここに住んでいた仲間が帰ってきてうれしいにいに軍団 奴らの中では何故かベイブレードが復活

 

菜々 1歳10か月

生まれて以来いろいろなことで母を悩ませてきたこの娘。
1歳10カ月になっても母の悩みは尽きない。

とにかく意思がはっきりしていて、一筋縄ではいかない。
いろいろなことにこだわりが強く、反抗しだしたら動かないこと山の如し。
買い物先で一歩も動かず、そのまま静かに横になったまま動かないこともあった。
道行く人々は小さな子供がショッピングセンターのど真ん中で寝ていることに驚き、子供好きでちょっぴりおせっかいなタイ人は助け起こそうとするものの、娘の反抗にあいそれを断念。

私は娘が納得するまで起き上がらないのを知っているため、急いでいない時はしばらくそれを放置しているので今度は私に
「どうして?」
と聞く。
どうして?う~ん。どうしてなのだろうか。
わたしにもさっぱりわかんない。

きっと娘は何か思うことがあって、そこに寝転ぶことによって何かを私に伝えようとしているのだがそれは時としてただ気まぐれにやっているだけのこともあるので、最近ではしばらく様子を見ることにしている。
それが危なかったり、人に迷惑がかかるようなことでなければとにかく放置。
強攻手段に出るとますます手のつけられないことになるからだ。

しばらく様子をみて
「じゃ、そろそろいこうか」
というと急に魔法が解けたように動き出すパターンが多い。
これは最近よく見られる行動パターン。
とにかく反抗したいだけの時も多い。(得にお風呂の時など)

行動だけでなく最近は言葉による反抗も増えてきた。
「やだ」(ダダとも聞こえる)
「やーだ」
「マイアオ」(タイ語版いやだ)
これは1日に何回も聞く言葉。
はっきりいってもう聞きたくない感じ。

好きなことは食べることとプールで遊ぶこと。
私と一緒にいる時はあいかわらずストーカーのようにくっついてまわっているのだが、食べることとにいにやにいにの友達とプールで遊んでいる時だけは私がいなくても平気。
とくに食べることは大好きで食欲がないという日が全くない。
とにかく食べるわ食べるわ、びっくりするぐらいよく食べる。

そのせいか食べ物の名前はすぐ覚えて
「えび、ちょうだい」
「スープちょうだい」
「氷 ちょうだい」
とちょうだい、ちょうだいとめちゃうるさい。

人に食べさせてもらうことは嫌い。
何でもかんでも自分で食べたいらしい。
目の前に食べ物をおいておけばひたすら一生懸命ずーっと食べている。
仕方がないのでいつも思いっきり自分で食べさせて後で一斉に片付ける。
IMG_1425.JPG
みよ、この食べっぷり。半分ぐらいは胸あてのポッケ部分に入る仕組み。

行動も動きが激しく男の子のよう。
常に動いていて、生傷が絶えない。
3日前には椅子の手すりから落ちておでこを強打した。
ごつっとにぶーい嫌な音がしたので私はかなり驚いて、しばらく心配の余り吐き気がしてくらくらしながら外出先からうちに急いで戻った。

おでこは紫色にはれ上がり、かなり大泣きしたがしばらく様子を見ることに。
その後食欲は旺盛、はいたり目の動きがおかしいとかそういうこともないので結局病院には連れて行かなかったがあの時のいや~な感じはまさに肝が冷えるという表現にぴったりだった。
言うこときかなくても、暴れん坊でもとにかく元気でいてくれ。
IMG_1415.JPG
かわいい洋服をMちゃんからいただいた。その中でも特にお気に入りの赤のホールターネックのトップス。時折のぞく小力並の出っ腹がチャームポイント。

プールで遊んでいる時はとにかく機嫌がいい。
腕に付ける浮き輪さえあれば、足をバタバタ動かしてひたすら泳いでいる。
顔に水がかかったって全然平気。
これだけはにいにとよく似ている。
にいにも5か月ぐらいから浮き輪をつけていつも水に浮かんで機嫌よくしていた。
しかし最近の私は年のせいなのかめちゃくちゃ疲れやすい。
にいにの学校が休みでななっちの保育園がお休みの週末は朝からフル回転の忙しさ。
月曜の朝はぐったりで1日ゆっくりしても疲れが全くとれない。

今日は金曜日。
外は朝からの大雨。
雨が降ると子供たちは外で遊べずプールにも入れないのでうちのなか中心の遊びになるしななっちの機嫌もわるくなるであろう。
明日、明後日は補習校ではバンコク日本人学校の巡回指導もある。
なんとか頑張ってこの週末を乗り切らなければ。










Last updated  2008.08.22 17:22:00
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2008.07.23
カテゴリ:子育て
ここ1年ですっかり太ってしまった我が息子。
デブの母と父を持ってしまったので、デブの遺伝子をたっぷりと持ってしまっているため母の私から見ても太りやすい体質でお気の毒である。
いわばデブのサラブレッドとでも言わせていただこうか。。。。

しかし母としてはそれを野放しにしてデブにし放題にするわけにはいかないので、毎日の食生活にたいそう気を使っている。
何も食べささないわけにはいかないので、夕飯は出来る限り手作り。
どうしても週末は忙しくて外食の機会が増えてしまうので、平日は野菜たっぷりの夕飯を作るよう心がけている。
外食はやはりカロリーが高い上に、どうしてもたくさん食べてしまう。

先ほどふとテレビを見ていたら、うちの息子なんか比べ物にならないぐらいの肥満児がテレビコマーシャルに出ていた。
お母さん役の人はすんごい細くてきれいなのに。
それが別にデブであることをパロディーにしているわけでなく、普通のコマーシャル。
よくよく考えてみたら、タイでみかけるテレビコマーシャル及び広告に出てくる子供はほとんどが肥満児。
ちょっと日本では考えられない。

私は息子にいつも自分のことを棚に上げて
「デブ、デブ」
と呼んでいるが、息子は
「ぼくはデブじゃない」
というのである。
クラスには自分よりデブがたくさんいて、ぼくは少し太っているけどデブだと学校では言われたことがないと言い張る。

確かにたまーに息子の学校に迎えに行くと、いるわ、いるわ、デブのオンパレード、そろい踏み。
中には
「このデブ加減はちょっと病気ではないのか」
と思われる100キロ級ぐらいの子もいる始末だ。

タイのほとんどの学校では休憩時間の間に買い食いすることも可能なようで、うちの息子が通っている学校の購買部は経営者の親戚がやっていることもあって休み時間や放課後も買い食いし放題。
敷地内への屋台の侵入は禁止しているため、独占販売。
さぞかし儲かっていると思われる。

うちは放課後にちょっと飲み物を飲む程度のお小遣い10Bを渡しているが、ご家庭によっては毎日子供に50Bとか100Bとか渡している人もいるようなので使いきれず、気前のいい子にたまに息子はおごってもらうこともあるようだ。

給食だっておかわりし放題。
しかも。
運動場は狭く、体育の授業は週にたったの1回。
これでは体質的にデブでなくてもしっかり食べる子は太ってしまうわけである。

最近では週末はテニスとサッカーをやらせて、食事制限をし始めたら少しだけ痩せた我が息子。
本来ならば自分で勝手にいろいろ体を使って遊んでほしいところだが、ここは環境的に子供が勝手に外で遊べる場所がない。

日本に住んでいる方はこちらは自然がいっぱいで、子供が伸び伸び育つ良い環境だと思う人も多いと思うが実はそうでもない。
遊ぶ場所がないため、週末はどこにインターネットカフェもネットゲームで遊ぶ子供たちで店は満員御礼の現状。
子供を育てていく面で、広い運動場に様々なクラブ活動がある日本の環境が私は羨ましく感じるこの頃だ。






Last updated  2008.07.23 13:41:37
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2008.06.09
カテゴリ:子育て
先日冷蔵庫に入れてあったかったばかりの牛乳を哺乳瓶に入れてなっちに与えた。
娘はいつものようにぐぐっと一気に飲み干したが、その飲み干し終わった哺乳瓶につぶつぶのかたまった物体が残っているのが気になって、冷蔵庫に入っている本体を調べたらなんとそれは完全に腐っていた。
洗い場で開けてみたらヨーグルト状態だった。
びっくり。

もっと早く気付けよって話だが、その牛乳は買ったばっかりだったし、しかも買う時に賞味期限があと1週間以上もあることを確認したうえだったので、母は完全に油断していた。
飲んだ当のご本人はケロッとしていたが、母は完全にテンパってしまってネットでいろいろ調べてみたのだがこれといった情報はなく仕方がないので様子を見ることにした。

しかし、その日は便をすることもなく次の日になってやっとでたそれは下痢どころかちょっと硬めのそれであった。

そしてその事件の次週。
車の後部座席ににいにと座っていたいやしい我が娘は、その日の前々日ににいにの友達が飲み残したヨーグルトドリンクをこともあろうかちゅうちゅうと飲み干してしまったのである。
まさかの珍事ににいにも私も一瞬顔面蒼白になったが、またしてもどうしたらよいのかわからず、またしても様子を見ることにした。

結果はまたしてもまさかの、問題なしであった。
人間腐ったものを飲んだりしてもけっこう大丈夫なのだと身をもって(娘のだけど)知った事件であった。

強靭な胃腸を持つ我が娘 じいじにかってもらった台所セットに夢中 後ろはユーチューブに夢中でおくつろぎの呑気なにいに
2008,5,16~24 ナナちゃん中心 121.jpg






Last updated  2008.06.09 17:54:26
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2008.05.21
カテゴリ:子育て

3月中旬より2ヶ月間日本に行っていた我が息子。
15日にじいじとともに無事帰ってきたため、今週は久々の賑やかな週末となった。

今回2ヶ月間のうち実家にいたのは最後の2週間のみ。
ありがたいことに今回1ヶ月半は堺にプーケットから移住することになった友人宅にお世話になり、そこからそこの息子が通う小学校に体験入学させてもらった。

体験入学もスムーズに済み、無事にこちらに戻ってこれたのも一重に堺の友人家族の協力あってのことだった。
たくさんの思い出話を持って、今年もとても楽しく日本での体験入学及び滞在を終えて元気に戻ってきてくれた。

さて、息子が戻ってきた15日。
オヤジと私とななっち三人はにいに(最近我が家で息子はななっちに、にいにと呼ばれている)とじいじを迎えに空港に向かった。
空港まであと10分というところで、何やら知らない番号から私の携帯に電話が入った。
飛行機なんて遅れることはあっても早く到着することなんて滅多にないとたかをくくってわざと到着予定時刻30分後に着く予定でいたのにどうやら予想に反して飛行機は予定より早く到着していたらしい。

迎えがいないので、私に電話をしようと公衆電話のところにいったものの電話の使い方が二人してわからず近くにいた人に息子がずうううしくも携帯をお借りして電話をしてきたのだった。

我が息子ながら、この男は恥ずかしいという言葉を知らない。
道を聞いたり、知らない人に平気で話しかけたり、小さい頃からこういう性格であった。
こんな性格だから幼稚園卒園後にすぐ一人で飛行機に乗って日本に行くことも平気だったのだ。
今思えばこれはなかなか勇気のいることだったろうが、その時の心境を聞いて見ても
「別に~」
と相変わらず答える変な男である。

さて、待っていたところから車が見えたのかすぐに手をあげてこちらに向かってきた。
ドアを開けてななっちを下そうとすると、ななっちは奇声をあげてにいにに抱きついた。
キャーキャー言いながらにいにに抱っこされて、とてもうれしそうである。
2か月もいないのですっかり忘れてしまったかと思ったが、それどころか行く前よりにいにが帰ってきたのがうれしいのか車に乗ってもにいにの膝から離れようとしない。

これは数日たった今でも同じで、にいにがいると怒ったり、洗濯物が増えたり、掃除が増えたりして大変さも増えたが、にいにがいれば私がそばにべったりいなくても平気なのでななっちがいても家事をいろいろできるようになった。
これはすごい進歩である。

にいには日本で面倒を見てくれていたいろいろな人のお陰で、体重を増やさず帰ってきたがここ半年ぐらいでぶ~っと5キロぐらい太った。
よって目下のところ親子でダイエット中。

文武両道が私の夢なのでスポーツも勉強も頑張ってほしいので、にいにがいるとついガミガミうるさくいってしまいがちで疲れる。
が、久々に会ったこの感動を忘れないで母は子育てをしていくぞ!とひそかに思っているのだがどうなるかな。。。

じいじが撮ってくれた久々の親子3人写真 電気製品売り場で大画面薄型テレビをうらやましそうに眺める我ら
2005_0627画像0002.JPG







Last updated  2008.05.21 14:31:56
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2008.01.25
カテゴリ:子育て

半年ほど前から始まったお兄ちゃんの反抗期。
未だ続行中。

相変わらず母の言うことなんか、全く聞かず。っていうか、お耳に私の言葉が一切入らないらしく例えば
「この汚い靴下を洗濯物入れの中に入れなさい」
といっても
「。。。。。。。。。。。」
これを3,4回、下手すると10回ぐらい言わないとアクションがない。
一事が万事この調子。

ここで
「しかたがないわね」
といってその汚い靴下を洗濯物入れに入れてあげるほどできた母親ではない私。
なにせ老体に鞭打って育児と家事をしているので、5回ぐらい言っても返事がない場合はすぐに手が出てしまう。

たたかれると今度はすねて悪態をつく息子。だったらたたかれるまえにやれよ、っていうか返事ぐらいしろよ、っていうか毎日同じこと言われんなよ。


ほんとマジむかつく。

そして最近のななっち。
気に入らないことがあるとヒステリーをおこして号泣しながらヘッドバット。
よく私の顔面に打ちつけるので頬骨が折れたんじゃないかと思うことしばしば。
そしてほおっておくとどんどんエスカレートして床に転がって大暴れ。
もはや恐らく自分で何が気に入らなかったのかすら思い出せないのであろう。

正直この状態になると、


「えいっ」


と外にほおっちゃうか、暴れてるなっちを放置して車でどっかにぶ~んっていっちゃおうって気持ちになる超ダメ母な私。
しませんけどね、実際は。
年取ってから生んでよかったですよ、この子は。
若いときだったら忍耐なくて本当に捨てちゃってたかもしれません。
そのかわりとっても体はしんどい。

なので体の調子の悪いこのごろはもっぱら毎日延長保育をお願いしている有様。
甘ちゃんと思われてもいい、こうでもしないと私、心のバランスがとれない。
ナーサリーがあって本当によかった。
今やナーサリーは私にとって本当に救世主のようなものである。

こんな二人をぐいっと誰かに押し付けて旅行にでも行きたいな。
思わずバンコク行きノックエアーのプロモーションとKL行きエアアジアのプロモーションのチェックして現実逃避している私。
今日は家事も放棄しているので家の中はぐちゃぐちゃ。
助けて~!




アニキのテニスについてきたななっち。
外にいるときと何故か水を飲んでいるときは超機嫌よし。

 

IMG_1026.JPG

IMG_1029.JPG

 

 







Last updated  2008.01.25 18:02:17
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