広島東洋カープ初優勝の軌跡1975年6月11日(水)静岡夜間ヤクルト8回戦
目次(2)に戻る 目次(2)1975年6月11日(水)静岡夜間(8回戦ヤクルト4勝3敗1分け)=観衆16、000人広 島 001 000 100 03 | 5ヤクルト 000 000 020 00 | 2 勝投手 外木場 10勝4敗=完投(16試合) 負投手 松岡弘 6勝4敗(16試合) 本塁打 水沼1号ソロ(井原)=3回、 山本浩13号ソロ(井原)=7回、14号3ラン(松岡弘)=11回 二塁打 大矢 犠 打 広0、ヤ1(井上) 盗 塁 両軍0 失 策 広1(三村)、ヤ0 捕 逸 水沼 併 殺 広1、ヤ0 残 塁 広4、ヤ7 試合時間 3時間17分 広島は山本浩の2本の本塁打で勝ち、このカード5連敗を免れるとともに、ヤクルトと並び同率首位に躍進した。広島の首位は5月21日以来。延長11回二死から広島は松岡弘を襲った。ホプキンスが右前打した後、衣笠は四球を選び一、二塁。続く山本浩は2-1後の高めの直球を強振すると打球はバックスクリーンに舞い落ちた。決勝の3ランである。山本浩は7回にも井原からライナーで左翼芝生席へ打ち込んでおり当たっていた。外木場はよく投げた。8回味方のミスで2点を失ったが、速球は威力があった。中三日で登板したが気力で投げたといっていい。外木場は安田とともに10勝目をマークした。記念の盗っ人は誰? この試合まであと「2個」と迫った「セ・リーグ15、000個の盗塁」--が両軍ベンチで試合前から話題になった。この日のセ・リーグは阪神×中日(甲子園)とヤクルト×広島(静岡)の2試合。ところが先に阪神の池田が1盗塁したため、あと1個と迫りヤクルト、広島両選手も意欲満々。2回四球で歩いた山本浩は盗塁死したが、5回頃池田の盗塁を知ってその機会を狙っていた一人。その山本浩が7回打席に立ち「塁に出たら盗塁しようと思っていた。ところが本塁打でしょう」と苦笑い。このほか狙ったのは三村と大杉。だが盗塁死で12日に持ち越された。セ・リーグ勝敗表(第11節・11日現在) 試合 勝 負 分 率 差広 島 49 25 20 4 .556 ーーヤクルト 49 25 20 4 .556 0阪 神 47 24 20 3 .545 0.5中 日 50 23 23 4 .500 2.5大 洋 45 21 22 2 .488 3.0巨 人 46 15 28 3 .349 9.0パ・リーグ前期順位阪急-太平洋-近鉄ー日本ハム-ロッテ-南海セ・リーグ打撃10傑(第11節・11日現在) 打数 安打 本塁打 打点 打率松 原(洋) 163 62 11 35 .380山 本 浩 (広) 177 60 14 35 .339井 上(中) 180 58 9 29 .322若 松(ヤ) 163 51 3 19 .313衣 笠(広) 189 59 7 22 .312 王 (巨) 126 38 11 30 .302三 村(広) 186 56 4 15 .301田 淵(神) 147 44 21 40 .299中 塚(洋) 172 51 3 12 .297高 木(中) 187 54 6 18 .289パ・リーグ順位加藤(急)ー藤原(南)ー弘田(ロ)ー小川(近)ー阿部(近)ー長池(急)ーマルカーノ(急)-千藤(日)ー佐々木(近)ー土井(平)